當麻北墓域は新旧墓混在 中将姫墓塔と絶妙の宝塔

昨日は相良にて初、カレー専門店の開業日。

数か月前お隣の浜岡池新田にもカレー専門店がオープンし早速叔母を連れて行きましたが市役所が近いせいか盛況でした。

当地に新規開店したその店についても浜岡同様、経営はインドかその辺りのカレー系香辛料を多用するお国の方でしょう。

いずれか味見に行ってみようと思っています。

 

さて、先日の當麻寺行脚はバス駐車場から結構皆さんを歩かせたため、「中将姫のお墓」のご案内呼びかけはトーンダウンしてしまいました。

本堂の曼荼羅と講堂・金堂を拝観したあとに「みなさ~ん」と声をかけて後ろを振り返れば5人の方が付いてきてくださいました。まぁ宝物館や浄土庭園という見どころもありますからね。

 

北の門を出てから歩いて5分程度ですので大した距離ではありませんが上記3カ所を見た段階で仁王門(東大門)を出て喫茶店に逃げ込んだ人たちもいたのでした。

また講堂背後の石灯籠を見たあとに「東塔の真下まで行けますよ」と言ったため何人かの方々はそちらに向かっていました。

 

事前に配布していた境内周辺の地図上には特に大きい矢印でそれ(中将姫墓塔)を記していましたがおそらくその5名の他にあの美しい層塔宝塔を拝した方はいらっしゃらなかったかと。

という事でその5人の方たちと中将姫の層塔へ。

曲がり角があって不安になりますが途中に粋な店舗兼喫茶店(文晃堂)がありますのでそちらが目印です。

 

その裏に小さなお堂と墓域に繋がる小径がありますのでそちらを曲がってほんのスグ。

以前息子とこの墓地で待ち合わせをした際はあまりに広くて携帯電話をかけあったくらいでした。

こちら文晃堂コースが一番の最短距離になります(場所はこちら)。

 

中将姫の墓塔伝承の層塔(十三重塔)は鎌倉末期の作。

野暮な事を言っちゃあイケませんが①奈良時代の人であって②そもそも亡くなっていない―生きたまま浄土へ・・・方ですのでその墓碑は追善ではなく顕彰ということで。

ただしいつ頃から「中将姫の墓である」の説が出て来たのかその辺りの詳細を知りたいものです。

 

とはいいつつも鎌倉末期の層塔の層の重なり具合と高さを見て「見事」の感が沸き出でますが、そのお隣の三重の宝塔の重厚かつバランスの良い立ち姿を見て「貴方様は・・・」と声を掛けてしまいます。

二つの美形の塔が相互に引き立て合っている様子はこのお寺の最大のお薦めだったのですが、それはあくまでも私の個人的所感。強引にこちらに案内することは憚られたのでした。

 

実はこの墓地のさらに北のスペースにバスを進めてこのスグ近くで降車する予定で全員を無理にでも墓場までお連れする腹積もりでしたが直前に駐車場が変更になってしまったのでした。

 

①②③は④文晃堂に行く手前のコーナー。

この地蔵が目印となります。

この建屋の裏側道沿いに⑤の御堂があって⑥の案内板が。

脇の小径を10m少々進めば2つの塔がお出ましになります。

三重塔脇に並べられた六字名号(南無阿弥陀仏)の板碑に五輪塔レリーフの板碑そして五輪塔肉彫りに「南無阿弥陀仏」が記されたものも面白い形式。

重なって設置されていましたので全体像を捉えることができないのは惜しかったところ。

 

⑮の奥に改修中の當麻寺西塔が見えます。

⑥の案内板の最後に「練供養」の開催日について記されていますが来年からは1か月早く開催されることが決まっています

(最後の画像 変更の案内)。