加茂大円寺 平野一統の墓 名乗りは三郎右衛門

ここのところのお天道様の勢いはまるで夏。

施設から母を連れ出して近くのショッピングセンター(というかスーパーマーケット)へ向かいましたが帰りの上り坂の車椅子は結構に体力消耗を体感

しかし途中コスモスが咲き乱れる中に、涼し気な風が吹きますがそれには心地よさがありました。

 

天気予報を見ればこの一週間は雨の連続の様。

いよいよ気温低下も進んで秋も深まっていくことでしょう。

とりあえずは報恩講前までに境内の南国系植栽の鉢の退避です。

このところ冬場だけの拵え、私のインチキ温室製作の前に鉢をキレイに洗って、庫裏2階の拙寺一番の陽当たり絶妙の場所に移動しなくてはなりません。2階にあげない寒冷耐力のあるものたちはその温室で冬を越してもらうことになります。

現在はアブラムシ等の駆除のため、薬剤を使用しながらそのタイミングを図っていますが、どうやら11月に入る前あたりになりそうです。

 

さて、昨日は賀茂神社について記しましたが、そういえば磐田加茂の近く、段丘下部にもその神社はありました。

御前崎比木のそれについてもかつてブログにて触れましたが、この賀茂神社の所領(荘園)は遠州各掘り出してみればトータルでもかなりの広さであったことが推測されます。

残存する地名としての「かも」の多さを考えるとどれだけ裕福な神社だったかがわかります。

 

室町期に勃発した応仁文明の乱なども強大寺社の利権関係がその代理人たる武将たちも含めた騒乱に繋がったといっても過言ではないと思います。土地争いが戦乱の歴史(荘園の崩壊)ですね。よってやはりアレ、「一生懸命」ではなくて「一所懸命」と記すのが賢明でしょうね。相変わらず私はそれだけはこだわっています。

 

その「平野氏」についてさすがにこの相良あたりまでその名が聞こえるとは言えませんが、地元にとっては「特別なヒーロー」だったのではないでしょうか。

昨日の顕彰碑の通り「寺谷用水」の整備は地元に多大な恩恵をもたらしたことは優に推測できます。

何せその用水路の規模は大きく、最終的には24㎞にまで拡大していますのでたくさんの村々の開墾が進んだことでしょう。

そのきっかけとなったのが平野家の主、「平野三郎右衛門重定」でした。

 

昨日ブログで既報ですが彼は美濃出身でこちらの加茂に土着したのちに当初の今川から徳川の配下に入りますが、肝心の用水路開拓は運河や堰など土木系のプロの「伊奈備前守忠次」のもとの働きだったといいますので、伊奈忠次との出会いとその存在は大きかったでしょう。

平野重定は当初の3年間で12㎞を掘り進んだといいます。

 

彼の名はその地元を穀倉地帯に仕上げた力量についてはやされることが多いですが天正二年(1574)武田勝頼による遠州襲来(第二次高天神戦)に呼応した武田勢の「川合助九郎直澄」なる将との迎撃戦で奮闘し傷を負ったといいます。

 

平野家の墓域は大円寺本堂脇に集合していますがやはり平野重定の墓石は特別の様。門の左側③の区画一段高い場所にあります。「寶月浄珍居士」が重定の法名。並んで「相室妙圓大姉」が彼の奥さん。⑨の卍紋までが上記区画。

 

彼の子平野重政の名のりも三郎右衛門⑩⑪。家康に仕えて頼宣―秀忠と主を変えています。「超山浄越居士」が重政の法名。

 

最期の画像はオマケ。

当然に眼がいきますし点になるほど凝視してしまいました。

真面目に復元工作している姿はわかりますが・・・

宝篋印塔の隅飾が見えますがあたかも相輪に準えたと思われる石材は一石五輪塔の風化の進んだもの。よく見れば接合部はモルタルでした。まぁレゴ風パーツ重ねはどこでもやっていることですし、堅い事は言いません。

ただ私なら・・・あの墓地の中で一番の古さを誇っている?と思われる石塔ですし、思わず「かわいい」と思えるくらいのサイズ。

透明ケースに入れて本堂に鎮座していただきたくなります。

 

尚、平野氏末裔本流はこの地元にはいらっしゃらないようです。

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コメント: 2
  • #1

    クリクリ (金曜日, 13 10月 2017)

    何百年前の人々の生きた証って
    本当に見つけるのが大変ですね
    五輪塔はその意味で大切ですね
    昔ここで人が生活して、大きな戦いがあって
    といっても想像するのが難しい

  • #2

    今井 一光 (金曜日, 13 10月 2017 23:51)

    ありがとうございます。
    それを実感して生かされていることに感謝して楽しく毎日をすごすということが
    今は姿もカタチも見えないご先祖様へ報いることでしょう。
    昔の人は常に無理難題に対して前向きにあたっていましたからね。
    凄いパワーを常々感じています。自らの躰を恥じながら・・・