草ぼうぼうの道 評価額の1.4% 緑風の候

本日もまたボヤキです。

昨日は相良史跡調査会の年一回の会合が拙寺にて開かれました。キツめの雨天ということに障りがあったのかないのか相変わらず新会員は見えず、御常連は自然消滅する一方の感。

 

そのたびに「誰か相良高校に行って若いのを勧誘してこい」などという声があがったものですがもはやそのような声もなくなっています。

 

というのも噂にはありましたが相良高校が5年後目途に榛原高校と合併するというではありませんか。

ついに来たかとため息が出ますがデキレースのようにも思えます。

「牧之原市とは」これは・・・(合併による市制)と皆さんあの時は思った(疑問と不快)ものでしたが「相良」名称の存続がならなかったのは榛原地区実力者各位のゴリ押しと同相良の大人しさにあったと指摘されながら時間を経ていました。

そんななか「やはりね」というところが今回の件。

 

吉田高校が廃校になって旧大井川高校と合併した際は新しい校名が銘々(清流館高校)されましたが、今回はそのゴリ押しが通用したのか存続校名は「榛原」だという噂がしきり。

また相良の名称が消えるのでしょうね。

裏話として榛原高校はちょうど校舎老朽化に伴う新築建て替えがその5年後辺りに迫っていて、その際の代替校舎を相良高校として場所を確保し、校舎完成後にすべてが榛原に移転するというスケジュールが控えていると。

生徒が減ってクラス数も減っていることは承知していましたが・・・

 

まったくびっくりしちゃいますね。

立ち消えになったとはいいますが、この間までは支庁舎業務を榛原庁舎にすべて移管するなどというバカ話もまかり通っていました。

 

話の中で私がとどめを刺されたのはそれに伴って相良バスターミナルを廃止し、特急の「静岡―相良」は榛原ターミナル止まりにするという静鉄の案。

同様に先般開通した「相良―東京渋谷」線の発着は榛原発と変更されるというものでした。

 

それを今「相良草ぼうぼうの道」と吐き捨ているように一同仰っていました。

 

江戸期を通して相良藩ときたら江戸城下であっても知らない人はいないほどの地。

榛原だの池新田だの御前崎に吉田は知らなくても「相良」はこの地の行政の中心地でもあったものです。

 

史跡調査会メンバーはその辺りの事情をよく承知されていて「これはもう許しがたい」ということで、冗談半分ながら誰か市長選に立候補して「榛原」と手切れをし、今一度相良一本でやっていこうという話まで飛び出していました。

私は大いに賛成したところですが、市政(制)を今一度「町」に戻すなどいう案は全国的にみても稀で意外に目立つことしきり、きっと一石を投じられることと思います。

 

相良住民がここまでコケにされて黙っていていいのでしょうか。企業の誘致数では相良の方が多いはず、「相良だけでやる」という人が多く出ませんかねぇ・・・。

このままではこの地は「墓場」同然ですね。

私個人としてはそれもまた致し方ないと割り切れますが生活が「草(苦さ)茫々」では死活にも関わります。住民の「心」が寂しくなります。

 

その手のことを昔チラッと役場で漏らしたことがありましたが、(たしか相良への観光振興のウェイトが低くなってること)「市民として恥ずかしい どちらがどうと言っている場合じゃあない」くらいの反論をされたことがあります。

一般論でいえばさぞかし私の思考は狭量そのものです。

私は昔と違って「オカシイ」と感じた事を申したまでだったのですが。

 

しかし現状あの合併は殆ど私ども歴史に生きる「相良城と相良藩信奉者」から見てその恩恵たるや無いに等しいものがあると感じていますから。

合併なんていい事なんて一つもありゃしない・・・。当地衰微の一途の歩みを見せつけられています。

 

さて、5月といえばこの地区でいえば「お茶」。ようやく新茶が出回りました。

全国的には1月1日に決定された固定資産税の納付書が届く月。

拙寺でいえば祖父名義のまま名義変更が滞っている駐車場の市に納入する「家賃」の支払い請求がくるということ。

まぁそれは当家いわくつきの土地であるということですが、その辺りの事情は割愛。

 

毎年腹が立って「見たくもなかった」その固定資産税の額ですが(そもそも宗教法人ですから本来ノーケア)、私が当初こちらを引きついた頃は13万円。

それが今回見ると8万円台になっていました。

それはそうでしょうねぇ、これまでブログで記していますように今や当地の実勢価格たるやボロボロの下落ぶりですからね。

納入額が減ったということ、これだけ見れば出費が減ったということで喜ばしいことですが、市としてもその財源が無くなったということですからね。市民サービスも「割愛」ということになりかねません。

 

某ニュースの特集にありましたが、この五月は、ある日突然知らない土地の固定資産税の請求書が届いて唖然とする人が出る時期だそうです。それを「死亡者課税」と呼ぶとのこと。

土地建物につき相続者がハッキリしない場合でも自治体は戸籍を辿って一方的に相続権のある者(相続放棄をしない限り)を探し出し「相続人代表者」として課税するといいます。

それが標記、固定資産評価額の「1.4%」という数字なのでした。

 

相続放棄には期限がありますから、気が付いた時にはすでに遅しということが殆どでしょう。

その後これは手を打たない限り未来永劫に渡り課税が行われていくのです。

それでいて相続権者全員分のハンコが無いと売るにも売れずで宙ぶらりんになって、支払いだけは毎年続くという構図ですね。

自治体は何よりも「取りっぱぐれ」がないよう努めるが肝心の姿。淡々と「請求する」のみです。

請求される方も現に使用している土地ならまだしも、全く知らない土地に関してのものだったら酷く困惑させられるでしょうね。

 

これはもう3代も経ったら面倒ですから「本人裁判」というカタチが一番でしょうね(ハンコ集めは3代で30人 4代で100人以上)。まぁこの辺りでしたら土地価格は「みそクソ」の部類、ごめんなさいして「内容証明」を淡々と送るのみでしょう。

それが将来のため。

 

いらない土地は早めに処分しておかないと、相続する人は戸籍から抹消でもしない限りずーっと続きます。近親者の死に対して敏感になってください。もしかすると思わぬ請求が飛び込んでくるかも知れません。

相続と天秤にかけて、マイナスだったら「相続放棄」も一手ですね。私も逃げられない仕事を抱えているということです。

資金的耐力の問題がありますし。

 

画像は昨日の会合でのもう一つの話題、「東京行ってきた」です。国立博物館 平成館にて開催されている特別展「茶の湯」に行かれた方が複数いらしたのでした。

展示はすでに終わっていますがあの「曜変天目」も出展されていたようです。

 

画像は展示会パンフより。参考までに。

②重文 黒楽茶碗 ムキ栗長次郎 ③重文 唐物肩衝茶入 松屋肩衝④国宝 大井戸茶碗 喜三衛門井戸 ⑤重文 祥瑞蜜柑水指

⑥国宝 観音猿鶴図 牧谿(もっけい)→ウィキ(画像あり)