渋谷道小松谷  小松山正林寺 「小松殿」

まさかの30℃超えの当地、ベンチの塗装にツナギの着用をしましたが前回着た長袖のものを。

半袖にしたかったのですが洗濯物を次々に出せば「当局」よりお叱りを受けることは必定、慎みました。

暑すぎて途中シャツを脱ぐために中断しましたがお日様の下で仕事ができることはありがたいことです。

やはり風がビュービューで集中力が欠けましたが・・・。

爽やかに顔を撫でる程度の微風でしたら歓迎しますが、あの強風には腹が立ちます。

 

檀家さんによれば、昨日の風で干していた洗濯物が隣家の庭に飛ばされ、「1回しか着ていないシャツが不明」と嘆いていました。風が吹いて洗濯物を無くせばまた買いに行かなくてはなりません。なるほど儲かる者がいたワケです。

一時サイレンが響いていましたがその日は火事ではなかったようで胸を撫で下ろしました。

 

午後は島田方面に行く用事がありましたが夕刻までには風は止み穏やかな空気に包まれていました。

 

さて、昨日の馬町渋谷通を東に進むと旧の渋谷道が左、渋谷街道の別名府道116号線が右に行く分岐点の右の山側に正林寺があります。

この地は古くから小松谷と呼ばれていたそうで通称「小松谷御坊正林寺」。現住所が「東山区渋谷通東大路東入3丁目上馬町」ですからここ数日ブログで記している古の地名が入っています。

平重盛(清盛嫡子)がこちらに屋敷を構えていたことから「小松殿」と呼ばれたようにこの「小松谷」は平安期に遡ったあたりはかなり優雅な場所であったことが想像できます(場所はこちら)。この屋敷には「灯篭堂」なる念仏道場があって48本の灯篭が並び立っていたといいます。

 

「48」は当ブログでもお馴染み・・・あの少女たちのことではありません、阿弥陀の「四十八願」の「48」ですね。この堂ほか平重盛関係の堂宇は平家の滅亡とともに消滅していますが、この地に九条兼実が山荘を作って法然上人を招いたことがこちらのお寺の発祥です。例の鈴虫松虫事件(住蓮と安楽)で流罪の地へ赴いたのもこちらからだといいます。

 

「法然上人二十五霊場」というものが京都を中心に関西地区に点在していますが、こちらのお寺が「第十四番」。

御詠歌が

「千年経る小松のもとをすみかにて 無量寿仏の迎えをぞ待つ」と阿弥陀仏を崇め念仏する者にとってはほんのり感漂う歌ですね。

 

梵鐘に記された「圓光大師」は法然上人のこと。阿弥陀堂・三門等は江戸期に九条家から寄進移築されているとのこと。

 

三門には粋な文字(「入-出と上-下」)が対となって記されています。

 

「入門者 上求菩提」「出門者 下化衆生」

 

戒律的意味合い、「結界」を意するものとは違いますね

 

幼稚園が境内に併設されていますが、小院らしき寺もあります。

 

以下大井川にかかる蓬莱橋。②③牧之原台地からの蓬莱橋。

西風は黄砂を運んできます。よってもやもや感は否めません。