「きっと彼女がいるよ」  桜の園   春の比丘尼城

世間を騒がせた教育の場(登下校)で起こった事件の下手人が学校の世話役の長・・・、PTA会長だったというシャレにもならないオチ。

静岡の賎機山で亡くなった警察署のエライ方の件も世間の風説?では事の始めは「夫婦喧嘩」がきっかけといいます。

また、記憶に新しいものがありますが、夫婦喧嘩に端を発したといわれる逆上で自らの家に火を放って子供達4人を焼死させた自衛官の件も思い出しました。

 

各件、まったく比較することなどできませんが、共通点としては社会的にある程度認められたイイ歳したオッサンの仕業。

皆さんそれなりに責任というものがあって、まちがいなくその責任というものを自負するようなステイタスが付属していました。

 

私の場合は決してそのような「驕り」に近い自負は持ち合わせていませんが、一応は寺の代表者といういわゆる社会的責任を持って上記皆さま方の如く、人さまに向かって「どう、こう」と(私の場合は法話といいます)時として「道徳論」にまで触れた内容のお話が付随する仕事をしていますし、そしてまたイイ歳したオッサンの類ではあります(記していて少々寂しい・・・)。

 

今、「エライ」と思われている職種に就くオッサンは何かしらやらかす傾向があるのでしょうかねぇ。自滅も伴うものですから不思議です。

 

宗祖より「その『わたし』が一番怪しいだろ・・・」「矛盾だらけのお前」と声掛けしていただき、また「後頭部45°上方」から如来さんに始終監督いただいている身と感ずる私には、「三毒」そのものが心底滞留している自分の心こそが「信じられない」因があるからして「よくよく念仏して心を定められよ」と常にその声が聞こえてくるよう。

よって現状ハメ、箍を外したりすることなく安寧に過ごすことができています。

 

自己不信の最たる理由は「三毒」のうち一番悪い(他の2つ「瞋恚」と「貪欲」の原因をつくる)といわれる「愚痴」が次々に溢れんばかりに口から出て来るところでしょうね。

そもそも「不信」は自己に向けるものであって他者にそれを向け、すべての人々がそうであったら世の中全体がぎくしゃくしてしまいます。

 

ただしこれらの事案は社会を凍り付かせ、ひょっとして「そういうご時世なの?」と少なくとも見識を変えるべきことごとと思わせました。

「どうかしている」ことだけは紛れもない事実です。

 

さて、表記の文言「きっと彼女がいるよ・・・」云々は檀家さんの某女性が当家お方様にご注進いただいた言葉です。

親切な声掛けで半分冗談風、しかし「十二分にあり得る」と諭したそう。

 

それはそうですね、「墓場放浪」と称してはふっと居なくなるのは事実ですから。

「京都、滋賀へは何をしに?・・・」と言われれば説明が面倒くさいので「墓場めぐり」と応えていますが、どなたがそれを聞いても

坊さんが墓場に行くことは仕事の内ではあるが、休みの日にまで墓場をうろつくことなど「ウソ、ウソ」と信じる人は「居ないよ!!」というのが現実かも知れません。

 

また、聞いた事もない、ましてや天守も建っていない(ご一同、「城」といえば「天守」の事であると未だ誤解しています)ただの山野を独り、ほっつき歩いていることなど、一般的な社会生活をしている方からすれば「あり得ない事」なのかも知れません。

よって「ウソ、ウソ」という発言になるのでしょうね。

うれしいです。そのような甲斐性があるように見られているということは・・・

 

私もそれはそれは、山を歩いていて世に云う「歴女」なる人種が現れて、墓場放浪や城山歩きに造詣の深い方などの話の一つや二つする機会があれば、楽しさひとしおであることは固いところですが、あいにくと私の行くような山城や墓場に向かうなど趣味の合う女性は皆無といってイイでしょう。

 

京滋の城でいえば直近3つほどほっつき歩きましたが人っ子一人すれ違ったところはありません。山野歩きには一番の季節であってれっきとした城址ですが・・・。

ちなみにその3つの城は京都の「周山城」と「静原城」、滋賀では「上平寺城」でした。

どちらも余程の「好きもの」でない限り向かわないような場所で気軽にひょいとは取りつくような城址ではありませんね。

城のスケールもどちらも想像よりも一枚上手でした。

 

どちらかの番組で「京都の城と言えば二条城」という台詞がありましたが、アレは江戸期の造形美術、私の「城の感覚」には至りません。だいたい「人だらけ」でそちらに疲れそう。

急坂に心臓が破れそうになり、歩き疲れてへたり込む方がまだマシです。

 

そういうことで外遊び以外ですとPCに向かってブログを記している姿しかありませんので奥方からすれば一切合切一縷の不審不信は無いワケで・・・。

それら諸々について詳細を熟知しているお方様はそういったご注進に対し「あの甲斐性なしが・・・」と一笑に付しているようです。

 

画像は先日の柿本城のあと向かった宇利城(またはこちら)方面。

その日は宇利城南側の比丘尼城へ登りました。登るといっても丘陵感覚、こちらにも女城主がいたことを示唆する名ですが全国的にみれば超マイナーレベルでしょう。

以前こちらの城に参った際、この城の登城路沿いに地元の方たちが植えたという「桜の園」が広がっていましたので、一度はその姿を見てみたいということでその日の第一目標としたのでした。

 

サクラの色々な種類が植栽されていますが、開花時期に幅があるため種類によってはすでに散ってしまったものも多々ありました。

また、木は若く細身ばかり、山は礫質で土と養分に問題があるのか、立ち枯れも散見されました。

維持養生は大変な労力となりますが、観光資源とするには今一つかも知れません。

 

ただし陽気に誘われた御同類の御仁も多く、駐車場は満車(約8台)。私どもは池の手前の傾斜地に無理に駐車して登りました。

ちなみにこちらの「桜の園」には「城より花」という方たちが集まっていました。当然ですね。一年で一番華やかな時期です。

私は「花より五平餅」とは思うものの、最近はますます花への趣向が増してきました。

今「欲しい」ものは「超広角レンズ」に加えて「源平咲の花桃」です。

 

画像にはありませんが、その日もいたるところで花桃が目に入りました。「これは何?」と聞いてご一緒した方からその名をお勉強。

最後の画像にはヒッチコックの映画ばりに私めの姿が。

そのひとつ前のバックの山が吉祥山。

その山には「今水寺」という寺の跡があるようですが野田城攻めの際、信玄に焼かれたと伝わります。

 

紫色の可憐な花は不詳。

左が私のカメラ(一眼レフ)、右がその方のデジカメ。

色の出方が違いますね。この花を這いつくばって撮影している女性がいましたが、私は発作でも起こして伏しているようにしか見えず、思わず声をかけてしまいました。

 

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コメント: 2
  • #1

    小山昭治 (土曜日, 15 4月 2017 08:50)

    愚痴の言いたい放題。大いに結構じゃないですか。
    人間完璧であるはずがないのですから失敗など当然。
    完璧だと近寄りがたくなります。
    私をはじめ皆さん同類。
    グチや失敗など、そのときだけ気にしてあとは忘れます。
    年とともに忘れやすくなる。ありがたいですね。

  • #2

    今井一光 (土曜日, 15 4月 2017 20:11)

    ありがとうございます。
    最近はことに「失敗」のうえに「失敗」を重ねて
    あいかわらず痛い思いをしまくっていますが
    どうこうと愚痴が言えている間が花
    ただただお許しを乞うばかりです。