「VX」 華岡青洲の曼荼羅華 我家は朝鮮? 琉球?

毎度毎度の浜岡池新田へ。

役場御担当の指示で叔母の診察に同行しました。要は介護度認定の取得ということになりますが、案外サクサクと医師の質問に応えていたようです。

特に「100から7を順々引いていく」計算などは次々とこなしていて、「前回(3年前)より点数が上がった」との医師の談。

 

物忘れの症状が進んでいることは確かですが案外「ハッキリ」していてこちらが驚きました。

だいたい今日は「何年の何日?」という質問など、私であっても急には出てきませんね。叔母は「2月・・・」まででしたが。

 

叔母との関わり合いの中、人の神経系、特に脳へ働き掛ける伝達経路やその脳そのもののシステムの奥深さと新しい発見に日々遭遇しています。

 

さて、通夜式の冒頭の帰敬式にて「法名」を披露するわけですが(私は本山に授与された方であってもその式は行っています)、やはり故人の好きなこと、趣味、人柄などについて伺って法名決定の材料とします。これは本来の法名決定の仕方とは異にしますが私の判断でもあります。「好きな字は?」などと聞いたりもします。

 

女性の趣向は「花」に向くことが多いようですね。

「花が好きだったからそれに関わる字を」というような感じです。その時はまずどっちの「はな?」と念押ししますが結果一律に草冠の「華」の方の選択となりますね

 

花卉への思いというものは優しき人柄を推測できてその「華」の使用は私も合点がいくところではありますが、実はその「秘められた毒」についてもこれは人間そのものの「性」(さが)とも通じるところがありますので(この件には大抵触れないでいますが)私自身も好きな字の一つでもあります。

 

そういった意味(毒イメージ)で「華」の字を考える私の脳裏に浮かぶ歴史人物が「華岡青洲」です。小説・ドラマ・劇「華岡青洲の妻」でもお馴染みですね。

華岡青洲については各適当にお調べいただくとして、一番に印象として残るのは「日本で初めて麻酔による外科手術をした人」というところですが、小説ではその確立に母親と妻の身体を代償にしたという点をクローズアップした「過酷な美談」といった感じ・・・。

自作した麻酔薬を投じて(人体実験)その匙加減を得たのですがそのために母親は死亡して妻は盲目となったというものでした。

 

華岡青洲が使用した薬剤は天然由来のもので主に「チョウセンアサガオ」です。和名「曼荼羅華」で名前の「チョウセン・・・」はあの国の名とはまったく関係ありません。

 

私も花への趣向は「ある・ない」どちら?と言われれば「ある」方ではありますが好き嫌いもあって興味に欠ける花への知識はかなり漠然としています。

 

以前から拙寺玄関前のブッシュから夏になると勢力を増して蔓がはびこり朝顔風の花をつける小木があって、それを母はずっと「チョウセンアサガオ」と言っていました。

実はこの花は「チョウセンアサガオ」ではなくて「リュウキュウアサガオ」だったのですが、それまでは私の頭の中ではそれが「チョウセン~」。

 

私は自称、歴史話について少々語るのが好きな方でありますが理数についてはからっきしダメの部類。

要は「私立文系3教科」という時代ですから高校時代から数学など「無意味無用の学問」というのが持論で高校3年の時の授業はギリで出席して試験は3学期に隣の人の回答をチラ見して書いたことを覚えています。

 

確か3年の通信簿(数3)は1学期「2」、2学期「1」何とか3学期に「3」を戴いて卒業の運びになりました。

勿論10段階です。ちなみに「数3」を選択したのは「数2B」であろうが「数3」であろうが、勉強しない点では共通であって、どちらであっても大差がなかったからです。

歴史上「数学」なる学問の出現は「占星術」と江戸期の測量技術くらいのような気がしますし・・・。

 

異論のある方もいらっしゃるかとは思いますが数学と言えば人生に於いて叔母さんが昨日やらされた足し算引き算程度のみが必要であり他の事は全く意味がないと考えていますし、ホント今の実生活に何等の関りが無いことも確信して、あの時余計な時間をかけずによかったと思っています。

 

しかし私は高校時代の「理科」に関してはそのスタンスは違っていました。というかただの化学物質オタだったような。

ということで「化学」の授業を選択していました。

成績は結局は数3と同様にまったくダメダメで卒業を危うくしてしましたが、特に薬物の混合等化学反応の実験が好きでした。

魔法の如く感じましたね。

 

当時、奥の墓道氏の化学の授業で水酸化ナトリウムの爆発事案があった(私は体育の授業中でした)と思いますが、その件事細かに状況を興味深く聞いたことが思い出されます。

この辺りの件は確かブログでも触れていたと思いますが、当時は何故か日本全国色々化合物を作っては化学反応(それを急速な酸化作用・・・バクハツといいます)をさせるのが流行した時代でしたからその辺にかぶれていくというのも一部はみだし中高校生の道だったのかも知れません。

 

そんなこんなで化学物質についての興味を持っていた過去が生きたのは「毒物劇物取扱責任者」の資格試験でした。

ハンズ時代に営業上不可欠な資格として私が取得に行ったのでしたがまあ学生時代に齧った法律の一部ということもありましたので気楽でした。

 

そういうちょっとした経験から境内にある花木を見て「コイツはこういう毒がある」などなど「知らない人は知らない」どうでもいいことなどではあるが・・・などと思って剪定しています。

たとえば銀杏だったり、仏花のシキミにキョウチクトウ、そしてチョウセンアサガオですね。

 

どの毒物もそこかしこに観られるもので今さらという感はありますが、その「チョウセンアサガオ」こそが今、久しぶりに世界を震撼、驚愕に陥れた「VX」の解毒剤の原料(硫酸アトロピン)なのですね。

久しぶりというのは日本発の新興宗教テロで使用された前例があったということ。

 

このことはまさに「毒を以て毒を制す」という例です。

あの事件以来、「イザとなったらコイツの根を掘り出して齧ればいいのだ・・・」とずっと思っていましたが我が家のものは「リュウキュウアサガオ」だったというのがオチでした。

 

「VX」も「硫酸アトロピン」も作用はアルツハイマーに見られるような神経伝達回路の接続と断絶について阻害、「極端な状況」(死)を演出する物質のようですが、その相互の関係は人工物質「VX」には自然物の「硫酸アトロピン」での解毒というのが常識です。

 

昔から有機リン系農薬が野放図に出回っていた頃は中毒者は多発し組成が同様の「VX」の解毒剤の「硫酸アトロピン」製剤が田舎の医院には常置されていたといいます。

実はこの「硫酸アトロピン」というと点眼薬試薬(瞳孔を開く薬)としても有名で、輸入ものなら手に入れることができるようです。

 

隣の国の首領さんの叔父さんの不幸の件、眼の粘膜への塗布の例を推測できる事案でした。ということでもしあの時、「そういうこともある」と予測していたならば、その点眼薬は命を救う手助けになったかも知れないというのが、私の素人考えではあります。余った目薬で顔を拭ったり飲み込んだりすればなおイイかも。

 

つい水で顔を洗いたくなりますが水にはほとんど溶けませんので無意味でしょう。エタノールかオキシフルがイイのかも・・・。

 

もし国家レベルで命を狙われている・・・、もしくは変てこな宗教教団に恨まれていると思ったら・・・その目薬とアルコールまたはオキシフルを持ち歩きましょう。対策コストは非常に安価です。

 

瞳孔が縮み「世界」(視界です)が暗くなったと感じ、あるいは倦怠的異常が出たら即処方します。「VX」はサリンと比して比較的遅効性と聞きますね。

 

映画でも何度か登場しているのを見ています。

その化学兵器を使うにあたって地上部隊など事前にその製剤を注射するシーンです。ということで予防もできるようです。

副作用も色々出てくることは確実でしょうが、「VX」に即対応するのなら「それ」でしょう。民間療法で即対して「119」ですね。

 

上記すべてイイ加減で出鱈目な私の所感ですので今回も真に受けないでいただきたいと思いますが・・・。

 

上記画像は華岡青洲を讃えて発行された切手ですが彼と切っても切れないアイテムがチョウセンアサガオ、曼荼羅華であることが分かります。

③は「日本麻酔科学会」のHPを切り貼りしましたが、シンボルマークはやはりその花です。

 

下の画像はつい最近まで行っていた相良中学校前の萩間川、旧駿遠線の橋の撤去作業です。

また一つ相良の名物が姿を消しましたがバイパスからの延伸道路の橋ができるようです。

 

橋というと私が連想するのは・・・

計算高い(算術に長けた)・・・世渡りする僧・・・と出世する源信さんを叱った源信さんの母親の手紙です。

 

「後の世を 渡す橋とぞ思いしに

           世渡る僧と なるぞ悲しき」

 

尚このお母さんが思う出世とは今でいう国家公務員、官僚クラスへの採用のイメージです。当時の僧籍とはそういうもの。

「出家」が「出世」で「メジャーデビュー」。