「話すが聞けない」の痛烈  「沈黙」   井上さま

インフルエンザ罹患者が前週比1.8倍に跳ね上がっているという報があった昨日、久しぶりに映画館へ。

閉鎖空間ですのでここはマスクは必携でした。

BGMはナシ、上映時間約3時間という異色の映画です。

日本映画にはない感覚、それでいて日本人が多く出演していましたが深く見入っていまって時間の長さをまったく感じませんでした。

かつての金欠学生時代に奥の墓道氏と「眠りに行ったに等しい」ビスコンティ3部作は今も後悔するところであって、映画鑑賞中に寝るという不始末の経験は今回も「もしや・・・」という不安が頭をよぎっていました。だいぶ齢を重ねてきたこともありますし。その映画が「沈黙」でした。

しかし、その危惧は一掃され、映画のストーリーにのめり込みました。内容については実際に観ていただいて各お感じいただければと思いますが、はっきり言ってその辺の「チャラい」映画ではないことは確かですね。

 

ストーリー中で感じたところと言えば「井上さま」こと井上筑後守政重扮する役者(イッセー尾形)がハマっていたことです。

ニヤニヤしながらの登場は当時から外国人の見た日本人のイメージで為政者側の余裕もありますが、厳しい体制維持に励む独特の悪役の躰でした。それでいてその性格には人間味というものも感じられて「人の二面性」をも感じさせられました。

 

また私に迫った言葉として一つあげるとすれば、「井上さま」と神父をとりもつ通辞(通訳)の語りでした。

「パードレ(バテレン)は長いこと日本にいるが日本の言葉を理解しようとしない」・・・のような。

これはしばしば宗教者の傲慢性を指摘するような感覚で「話すが聞かない」を端的に評した言葉だったと思います。

自身の宗教観を一方的に「導いてやる、教化する」という強い信仰心を持つが故に宗教者の陥りやすい心情です。まぁ異国人ということは仕方がないといえば仕方ないですが。

 

たくさんの歴史的風習は興味津々、「寝る間」はありません。

あの現代では目を覆いたくなるようなシーンは当時であれば当然だったでしょう。

あの辺りは描くか描かないかの問題で、ポイントが「人々の苦痛と自身の信仰」にありますので映像として描かざるを得なかったのです。

 

さて、井上筑後守政重は厳密には「長崎奉行」という正式な職種ではなかったかと。大きい意味での「お奉行さま」でしょう。

井上政重は下総国高岡藩初代藩主として「大名」に列し明治まで続く名家です。

のちに遠州浜松藩の井上家初代で遠州横須賀藩の初代、井上正就の弟ですね。

幕府大目付にまで出世していますがその栄華は何より徳川家恩顧であって母親が徳川秀忠の乳母だったという家柄に加えて、幕府にとってかなり頭が痛かった遠国、島原の乱以降の西国の平穏無事と切支丹政策への評価でしょう。

 

歴史上さほど目立った功績と評価がなかった「井上家」ですが、今回の映画で思いっきり表に出てしまいました。

 

井上政重の兄の正就(兄弟の父親は一説に三河阿部家、阿部定吉の子の井上清秀)は老中の時、江戸城刃傷事件数ある中(江戸城七大刃傷事件)の一つ、その中で一番早い時代(寛永五年1628)に「豊島明重(信満)」により刺殺されています。

ちなみに豊島家は東京豊島区に地縁ある名家ですね。

その辺の刃傷事件に至る経緯は割愛(画像掲示板参考)。

要は春日局がちゃちゃを入れたことによる悲劇ですね。

武士のプライドというものを匂わす事件でした。

 

彼の遺児、井上正利が横須賀藩2代目となり、父親の菩提を弔うために墓標を建立したのが横須賀の本源寺です(場所はここ)。

江戸期タイプの大名系宝篋印塔の大小が正就と正利母親の墓でしょう。

お隣には丸に二つ引の家紋がアピールしていますが、不詳です。

井上家に関わる墓であることは違いないでしょうが・・・

映画での「井上さま」はその紋ではありませんでした。

また映画では触れられていませんでしたが 「井上さま」は元は

 

切支丹だったといいます。

 

よって通訳なしでペラペラとポルトガル語(映画では英語)を

 

話したという設定でした。