藪から宝篋印塔  近江馬淵小学校脇の白鳥川

昨日はお昼過ぎからお取越しに出向きました。

お宅に上がりこんで驚いたのは御内佛前でガンガン回っている扇風機。

お取越しも11年目になりますが、そのグッズがどこの御宅でも仏間に鎮座するのを見るのは初めてのことでした。

途中その機械の働きに感謝したことは言うまでもないこと。

まさに夏の午後を思いました。

 

施主は戦時中に相良の比木の小学校の隣に住んでいたといいます。そのころ子供心に感じたショッキングな思い出を一つ語られました。

 

東京方面を空襲するB29の大編隊は最初は夜間に通過していたとのことですが、徐々に昼間に上空を通過することも。

爆撃機を護衛するグラマンも迎撃する日本の戦闘機が無いために手持無沙汰か、地上の「軍の施設」にみえる?造船所から学校まで手あたり次第に機銃掃射したそう。

 

当時「比木」の小学校には地元出征の軍人たちのうち戦死した人たちの遺影が並んで掛けられていたそうです。

そこに戦闘機の機銃掃射があり、後から学校に赴いてびっくり。柱に弾痕が残っていることに気づきその先を目で追うと、掛けられていた遺影にもその貫通したであろう痕跡が。

 

戦地で亡くなった人が再び故郷でも「撃たれた」という冗談にもならないような哀れな情景と気の毒さは、たくさんの戦争の嫌な思い出の中で最も忘れられない出来事だったとのこと。

亡き人を追慕するという心は人と生まれれば皆、抱くものですね。

 

さて、近江のいたるところに石仏がまとめられた箇所があることは御承知の通り。

これは戦後、だいたい今から半世紀以前に行われた県が主導した「圃場整備」によって、各開墾によって出土等によってあらわとなった石仏を遺棄するには忍びないということで集められたものですね。

 

各字(あざ)の公民館、角地、祠、寺社などの隅に見ることができますね。拙ブログにも時折、画像で紹介させていただいていますし、これは近江の独特の姿で、今後もあちこちの「集合場所」の図について適宜アップさせていただきます。

 

先日ブログで記した馬淵小学校の正門の先にそういった場所があります(場所はここ)。

そちらには古そうで大振りな宝篋印塔残欠、と言いながらも完全とは言えませんが残存はかなりイイ部類の石塔が無造作に置いてありました。

 

に注意して歩いていなくとも普通に目に入る大きさですが由緒等の看板もなし。「これこそ近江」と喜んでその景色を眺め、楽しませていただきました。

 

基壇と基礎の部分は失われたのか、地べたの上にイキナリ筒身から設置されていますが、上部の九輪と宝珠ほか欠損消失しがちのパーツがしっかり残っています。

隅飾りの立具合は鎌倉期を匂わせる代物でしょうか。

 

私は色々な宝篋印塔や五輪塔を見て回っていますが、「九輪・宝珠・請花」などの「パーツ取り」は結構ありますね。「欠損」と一言というのですが・・・

適当にパズルの如く組み合わせた「やっつけ仕事」も窺えて、まったくおかしな様相を呈するものもあったりします。

それは五輪塔のパーツを載せてみたり多種多様ですね。

 

こちらの石塔の「各パーツ」は一見したところ同じ石材の可能性もあってそうなれば希少価値もあります(雑多な組み付けでなくオリジナルである)。

地元の調査は既になされているとは思いますがその結果を知りたいものです。

 

私はいてもたってもいられず、この隣の地蔵堂を管理されているであろう御宅に訪問してみました。

するとこの馬淵小学校の東隣を流れる「白鳥川」は半世紀ほど前に付け替えられて突然ここに来たと。

流れを人為的に変更したということです。

琵琶湖に注ぐことは同じですが、おそらくその手前の八幡堀への水量確保をも視野に入れていたのではないでしょうか。この件は不詳です。

 

その宝篋印塔はその河川工事の際に出てきたそうです。

当時それが出てきた場所は「藪の中」といいます。

まだまだ近江の地中にはこんなものが埋まっているのだと思った次第です。

 

私が工事責任者だったとしたら・・・

「藪から墓石」が突然出てきたとしたら驚きかつ大喜びで作業を中止にしますよ。

そして役所の職員やら学者など専門家を呼びつけましょう。

あの頃はまともな発掘調査など配慮される時代ではなかったですから。

 

おそらく宝篋印塔の笠の隅飾の破損は、案外「ユンボで引っ掛けちゃった」くらいのところでしょうか。

他の石塔も同所から出てきたと思いますが、古い墓地址となることは確定的。科学的調査が期待されるべき事柄ですね。

今となっては不可能ですが、まずその被葬者が誰であったかは知りたかったところです。

 

ところでこちらの墓石たちはどちらで管理を?と聞けば「国道を渡った真光寺」と伝えられました。

私がそちらの住職なら宝輪部分の盗難をおそれ(名目理由)て「寺の境内で管理したい」と名乗りをあげるところですが・・・

美術品としてもイイ姿でございます。

 

⑦その白鳥川に掛かる北浦橋の向こうに馬淵郵便局が見えます。最後の画像2枚は川向うから撮影した宝篋印塔のある方向です。