京都の通(とおり) 通(つう)ぶって夷川通へ

私は学生時代、今の「真宗本廟」(京都の東本願寺)と東京本願寺がまだ別れになる前でしたので、浅草のそちらにて開催された専修学院に夜学で1年間通いました。ハッキリ言って夕方から小田急-千代田線-銀座線と乗り換えて往復するのは辛いものがありました。今となっては懐かしく「わるくない」思い出でとなっています。

 

昼間は真宗学や仏教とはまったく関係ない学校でしたので致し方ないことでした。これは息子もそうですが、私の知っている真宗の御住職たちはまず、当流関連の学校に進学して卒業と同時にめでたく資格取得といういたって効率的なコース対応をしていますが逆に、「全然違うこと」を主に4年間を過ごすことは逆に色々な知識に触れることができて、これは身についているかどうかというのではなく、ただただいい経験ができたと思っています。

遠回りは遠回りで違う道の景色が楽しめるということです。

 

浅草の東京本願寺の一つ上野側の通りには調理道具に特化した店が並んでいました(合羽橋)が、他にもこの辺りには仏具屋が並び、御徒町は宝石商に装飾関係そしてお菓子問屋等がひとところに集まっていました。

素人目にはライバル店が隣り合っていると、競争が激しく潰しあいになるのではないかと心配してしまいますが却って同業者が固まることによってその中でも微妙な差別化をするという切磋琢磨の相乗効果となるのでしょう。

客から見ても「その場所に赴けば必要なものが手に入る」という気持ちになるというものです。

 

さてそのように同じ系統の店が並ぶ場所を京都で探せば「夷川通」が思い浮かびます(場所はこちら)。

この通りに並ぶのは家具屋。

私がぶらっと覗くのは井川建具店を目標にします。

中古の建具がセットで並んでいるというか足の踏み場もないくらい積み重なっています。

 

よってざっと見で面白いと思ったら目を付けておいてサイズを検討するか、あらかじめサイズを測っておいて店主に要求を出すという仕方ですね。

西欧系の外国人の女性が障子・襖・建具等を探している姿を目にします。

 

私の父は新しもの好きでした。

戦中戦後のモノの無い時代を過ごしたせいか、綺麗で新調したものが大好き。建具でも何でも虫が喰ったり汚れたものはバンバン捨ててアルミ製のものに変えていました。

それを私はまた少しづづ昔のようにしたいと思っているのですが、私が今一番にしたいことは現在の玄関ではない、昔の玄関の方に舞良戸(まいらど)に変更することです。

 

ということでこれまでサイズの合いそうな舞良戸の出ものをここ数年探していましたが半年ほど前にお店に問い合わせてみました。すると「お寺からしか出ない」ので難しいといわれてしまいました。

とにかく一応サイズは伝えていますが連絡は一向に届きません。上記画像④は京都広隆寺の太子堂の舞良戸。

あのような大きいタイプではなく4枚セットの小ぶりのものを探しています。