山城国唯一   大名の居城として明治まで 淀城

午後のテレビニュースのメインはお騒がせ知事さんの弁明謝罪会見でした。会見は一言で「まともに付き合っちゃあいられない」というのが私の感想。普通ならあれほど「みっともない」ことを次々と暴かれたらとっとと辞めたくなってしまいますが、やはりあの人は常人ではありません。出来が違いますね。

 

首都東京の皆さんはもっと確りと人物を「精査」(知事さん連発の語)して投票しましょうね。毎度毎度の「恥」を拝見させていただいていますがホントは有権者のメンツにかかわることなのですから。しみじみ「まとも」がイイねぇ・・・です。

 

テレビの露出度(タレント化した人々)の高さのみによって選ぶのであれば「愚民」以外の何物でもありません。

もっとも「いい人風の人が一旦高座に登れば激変(本性をあらわす)する」というのは人の常なのかもしれませんし、その「変化」の度合いなど推測できるものではありませんから仕方ないことでした。

 

さて、大湿原の京都大山崎から京都競馬場のあたり、宇治川と桂川の合流付近に「淀」という地があります。京都競馬場のことを淀競馬場とも言いました。競馬ファンなら一度は行ってみたいという聖地とも聞きます。俯瞰画像参照

しかし私の場合はお馬さんよりもお城の方が・・・というのは言うまでもないこと。

 

その二つの河川が合流して天然の要害性を構成、かつ交通海運の要衝ときたらだれであってもそちらに城砦を築くのが手筈ですね。淀城です(場所はここ)。

と言っても明治以降破却されて石垣と堀のみが残っているだけですが、今は公園化して、恒久保存が約束されています。

いずれは模擬天守を作る計画もあるようですが・・・

 

ただ元の秀吉の築かせた淀さんの淀古城は城主木村重茲の時、秀次事件に連座して改易され秀吉の手で破却廃城となっていてこちらの堀と石垣の残る淀城は江戸期の遺構となります。

木幡山伏見城の廃城の資材を転用されて作られたというのが通説ですが、いずれにせよ火災によって焼失、明治維新によって完全に破却されてしまっています。

 

城の少ない山城の国ということと戦国以降の城であるとはいえ堀と石垣のみであっても遺構として残存していることはうれしいことです。

 

城は淀駅前という感じ。⑥画像、本丸址の向こうに高架を走る京阪電車が見えます。本丸は意外なほどこじんまりしていますが五重五階の望楼型天守があったといわれています。今は草ぼうぼう。