唖然呆然抱腹笑止 がっかり・・の感 御免無二斎 

昨日は3.11。1.8万人が犠牲になったあの日を再び思い、手を合わさせていただきました。南無阿弥陀仏。

 

さて、突然「ニャっと」きて、「施鬼飯」(せきはん)という語について記します(自虐反省)・・・。

少なくとも私の寺ではその風習はありませんが、この地区であまり耳にしていませんので他流でもないのかも知れません

 

これは葬儀にあたって(死者にとりついて)、葬送の邪魔だてをする「鬼」に対して、それを鎮めて満足させるために捧げるものだそう。

それは今だと当然にいくらかの金員ということになります。

不祝儀袋に香典とは別に「施鬼飯料」と記して施主に差し上げるそうです。

 

ところ変わればで当流ではそれが転化したのか「赤飯」そのものを炊いてお供物として参列者に配るという場所もあることを聞いています。

その赤飯とは鬼神という邪魔者封じの効果よりも葬儀=「往還回向」、「安心」祝事達観の標という意味合いが強いとは思いますが・・・。

 

先日、檀家さんの訃報があって、通夜前に執り行うことが多くなった枕経のお勤めに故人が休む自宅の仏間に伺いました。

早読み(通夜と重複すことと各来訪者、手続き等繁忙につき手短を心がけます)の正信偈、念仏和讃にお悔やみのご挨拶をささっと終えて表に出ると標記、黄色い紙がフロントガラスに。

「この忙しいのにどこのバカがいたずらを・・・」と思いつつ放ったままで家まで帰ってから剥がしてみれば・・・

何と駐車違反のステッカーであることが判明。

よく見れば「放置車両」と認定されたようです。

なるほど、駐禁場所だったわけですね。

 

今時の葬儀は、この地区特有の「土人衆」という「近所の組の方」のお手伝いを辞退することも多く、「葬儀の一大事」といっても家の外に参列者を案内する誘導員が出ていないことは珍しくありません。

家族親戚が多ければ対応も可能でしょうがその御宅は親戚も少なく、年配者1名のみの家。

しかし家の前には訃報を告げる大きな看板が立っていて、誰が見てもその意味、感覚は伝わるものですが・・・。

と理解いただければ車両が停まったとしても中での用事はまず推察できるはずで、すぐに終わる程度のものと。

 

その黄色い紙キレを見ると・・・

「確認開始時刻午前11時4分」で「5分間監視」した結果の「放置車両」現認とのこと。

ご担当「牧之原警察署 原○」殿のお仕事、御熱心さには感服させられましたがそちらの区画は公園の真下で、他の区画には駐禁のポールは立っていてもそこにはないのですがね。

閑静な住宅地でどなたにも迷惑はかけたつもりはありませんがいわゆる「法は法」ですね。

 

とりあえず文面もよく理解できないので、放置。

そこで私はこのステッカーは、

「ひょっとしてコレは施鬼飯料の催促?」と感じてしまったのでした。また、よくいう村八分のうちのあとの二分、「火事と葬儀」に「ちゃちゃ」を入れることは憚るべきこと、率先して協力すべきという因習も。

それに反することは、「人の所業に非ず、地獄に堕ちる」という語りを耳にしたこともあります。

 

支払い義務の指示があればもちろん喜んで「施鬼飯料」を納付させていただきます。今回の葬儀の「つきもの」だったと割り切ればいいですね。

後日談ありましたら当ブログにて報告申し上げます。

 

葬儀社の看板をしょっている車両がそんな目にあったなど聞いたことがありませんね。

私もナンバープレートの「76-76」だけでなく寺の名でも記しましょうか。これからは恐ろしくて駐車場のない檀家さん宅廻りは躊躇しますね。

 

画像1は関ケ原黒田長政の陣。

「御免無二斎」は剣豪宮本武蔵の父とも養父ともいわれる「新免無二」の尊称と。

よく言われる武蔵が関ケ原で戦ったというお話の史実は不明。ただし父子とも黒田家で禄を食んだということは事実のようで、「もしかすればその陣に足軽として参戦」していたのかもしれない・・・というところでしょう。

 

「御免無二斎」・・・「ごめんなさい」のシャレです。

あまりに驚いたので素直に謝れない私があります・・・。