思わぬ所で「一所懸命」の文字と出会って感激

いくら子供を放ったらかしにしたとしても、社会人としてまっとうな仕事に就いてもらいたいというのが親心。

当家においては所詮は家に戻ってこなければなりませんので、ハッキリ言ってその仕事への執着心などは不要です。

どこかで「はい、さようなら」の気持ちは必要なのですが、それまではまっとうな、それも寺に入ってから少しは役に立つ仕事でもしてもらえれば・・・などという「親の期待」があったりします。

 

しかし「はい、さようなら」に関しては、他所から見れば違和感があるでしょうね。真宗寺院では次世代の者が社会で一般的な職業に就くことはよくあることですし、むしろ当たり前のことですが、説明するに寺に入ることとそのまま仕事を続けること両者を天秤にかけるようになった場合、まずは仕事を辞めて寺に入ることにメリットを感じないという現実があるからです。

そこで「思い切った踏ん切り」が必要となるのです。

個人的問題、といえばそうなのですが・・・。

 

地位と名誉と報酬にコストを考えれば大抵は寺に入ることの意味というものを躊躇し、「先代元気のうちはギリギリまで」と考えがちとなります。しかしその「ギリギリ」の引っ張りすぎは往々に自身にその咎が降りかかってきましょう。

自分も歳を喰うということですね。歳を重ねてガチガチのプライドで固まった身に、新たな「厳粛な世界」に突然入らなければならないということは結構キツイはず。

記憶力低下の下降線を辿る固まったお頭のまま、新世界に入ることは厳しいことになるのは当然のことですね。

 

ということで、真宗寺院の次世代のお仕事は「片足」程度がベター。おカネや名誉より、「社会勉強」を旨とする必要があるわけで、頃合いを見て「はい、さようなら」をしなくてはならないのです。寺に生まれて、継承を承諾したからには致し方ないのです。

とは言いながらのバカ親で身の程知らずの私、それでも体裁を整えて欲しいと思うのが親心。

昨日の続きですが、息子のアルバイトについてーこれはプレ社会人として必要不可欠と思っていますー「居酒屋は論外だが何にしたい?」と問えば「ガソリンスタンド」といいました。

彼は、免許証を取ってから車に興味を持ち出したのはわかっていましたが「まさかそれ?」と苦笑い。そういえば私も学生時代はその選択肢にありました。車、好きでした。

 

今時「カーキチ」は女の子にもてない(??)といいますので、ほどほどにしていただきたいところ。

何より先日、彼の高校の同級生が「日本平を攻めて横転炎上、九死に一生」などいうアホらしいニュースを聞いていますので、そこまで推測してしまうと「勘弁してほしい」というころが本音です。ただしスタンドは客商売、接客業ではありますし、機械相手メインではありません。また、子の「やりたいこと」は第一義ですからね。

 

ちなみに過干渉?の私は「こんなのどう?」と彼に打診したのがコレ・・・。

伏見城跡(指月城)発掘調査等京都府内の遺跡発掘調査を行っている(有)京都平安文化財の発掘作業員の仕事です。

押し付けてはいけないことはわかっていても少しでも親の趣味を共有してもらいたいということもあります。

 

ところが「土日が働けないのではしょうがないね」とやんわり断られてしまいました。算段としてはそういう会社にそのまま彼が残って就職でもしてもらえれば「私が楽しい」ということなのですが。

もっとも「土器やカワラケのみがお友達」というのも困りものといえばそうですが。

 

牧之原市教育委員会で史跡文化財の発掘調査に携わっている方は一人しかいませんが、その方には小学生の娘さんとその下に男の子がいるそうです。

娘さんの方は小学生での歴史関係の研究で何度か表彰を受けているそうで、驚いたのはその幼少の弟が、土木関係でスコップを持っている方を目にすれば「何の発掘?」と聞いてくるそう。

思春期とか反抗期はつきもので、変化はありえますが、将来楽しみですね。

 

そのようにして、子は親の背中を見て育つものですので(一部腹黒さも・・・)、何とか同様の心意気(「Shape of My Heart」)を抱いてくれれば私の大いなる仕合わせなのですが・・・。

まったく子離れしない私があります。

 

さて、「一所懸命」の四文字熟語については何度かブログにて記しています。NHKなど報道各社「一生懸命」で統一しているようで、「一所懸命」の使用は歴史関係の書物以外もはやないのかというくらい、「一生懸命」で統一されたかと思っていました。

どうでもイイことだろう?と言われましょうが、こればかりは私は譲れないところですね。何故なら「一所懸命」は歴史用語だからですね。「一生」なんて如何にもミーハーな後付け。

重みが無いというものです。

 

そういう「一所」つかいのこだわり者が「懸命」=「一生」の流布に肩身の狭い思いをしているところ、ひょんな所でサプライズな発見。飲料の宣伝文句です。

思わずニヤリとして購入してしまいました。

 

ちなみに前述「Shape of My Heart」はスティングの1994年の映画「レオン」のテーマ曲の題名。

その詩の中に、「curse their luck in too many places」というフレーズがあります。

 

「curse」は「呪う」ですが、ここでは「ボヤく」が適切かと。「luck」は運・不運でここでは「不運・ツキが無い」ですね。「place」はもちろん「所」。

人間は本当は「一所」ではなく「too many places」=「あまりにもたくさんの『所』」で「ボヤきまくっている」ということでしょうか。

だからこそ「一所」に「懸命」になることが大切なことなのです。

 

画像のメジロショーはうちのネコどものための親心。

そして梅はどんどん開花。雪は奄美、沖縄に降っても相良に降らず。しかし夕方には0℃の極寒、朝は氷点下。

庫裏の居間は13℃以上に上がりません。

 

スーパーマーケットの飲み物コーナーで目に付いて購入した品物にあの語が・・・。静岡は販促実験の地で、私は面白そうなもの探しを時折しています。「一所一處」墓に置いてパチリ。