鼠は獲りませんが写真は撮ります 小口城の櫓

寺の境内から子供たち単独の声が消えてしばらく、世の公園からも外遊びをする子供が消えたとも言います。

蝉取りがてらに本堂床下に潜ったり、墓場を縦横無尽に駆けずり回る子供は残念ながらもう見かけることはありません。

 

これは子供の絶対数が少なくなっているからだけではないですね。「とりまく環境」がそうさせていることは間違いのないところで、傾向としては「家の中での遊び=親は手元に置いて安心」があるからです。

 

大人たちの儲け主義は大人たちだけでなく子供たちに安直な「手元遊び」(端末)を提供、普及させ、親自身もそれに許容する雰囲気をも造らせ、子供たちはそれら閉鎖空間の心地よさを喜んで受け入れて、時に射幸心なども煽られて自分世界のみの優位性を作り上げてきた結果です。

しかしその状況について親たちは決してイイことではないと思っているのですが、外遊びの環境というものの不安心から家遊びを推奨してきた結果が今なのでしょう。

 

今や外で遊ぶことの良さがを叫べなくなってしまったようです。

最近の親御さんは殊に教育熱心といいますが、現状は大いに子供の成長と向上心の発育に矛盾しているかもしれません。

「外遊び」はまず体力の向上と日々の睡眠に良い影響を与えることは察しがつきますが、それに他の子供たちとの遊びは人間関係の基礎、交渉折衝力に妥協協調性、社交性と利他の思考、いわゆる「我慢」が学べます。

当たり前のことです。機械(端末)のみの生活を歩んできた(頼りに生きてきた)子供が成長して社会生活に溶け込めないのは往往にして外遊びの経験が少なかったからでしょう。

 

そしてまた「外遊び」は子供の五感をより活性化するといいます。

蜂に刺されたり追いかけっこで転んで痛い思いをし、犬の糞を踏んで鼻をつまんだり・・・また青い空に赤い夕陽、キレイな花たちを愛でその蜜を吸って「甘い」を味わい、また石を投げて人に当てて、人様の家のガラスを割って、坂の上からタイヤを転がせば無茶苦茶怒られる。

鬼ごっこでは、なぜか鬼がずっと続くという状況もあるという、もどかしさ、悔しさ、いわば不合理の受入れを覚えます。

 

「コレをやれば(やらなければ)こうなる」という事が幼少期の外遊びで身に付いたものです。「考える力」というものが自然と身に付くのですね。

ということから福島など原発汚染地域の子供たちが外遊びができないということを聞くとますます気の毒になりますが・・・。

やはり散々ブログでも記していますが、この子供たちを見かけなくなったのは家庭の問題もありますが社会環境も大いに負の何かが蔓延していることは確かです。

交通事故の心配もありますが、何よりも周囲の人間について以前よりずっと信じられなくなっているのでしょう。

 

古来より「人さらい」の話はあって子供が忽然と姿を消してしまうことを「神隠し」とよく言ったものです。 

「神隠し」といえば宮崎駿監督のその映画の題名を思い出しますが、世界的なお話として「ハーメルンの笛吹き男」の方がピンときます。

「クリュート塔」というタワーでお馴染みドイツのハーメルンの不気味な昔話。

鼠を追い払った対価、成功報酬を貰えなかった「笛吹き男」が怒って多くの子供たちを「丘の上の処刑場」に連れて行き皆いなくなってしまったというお話です。

尾張は五条川周辺を歩いた時、指摘されてその件について思い出させられました。


こちらには嬉しいことに子供たちが河原で遊び、また近くの公園でかくれんぼをして走り回って時に土の上で転がりまわっていました。相良でも見なくなった光景で少々感激。

ただし、やはりすべて女子だけなのです。

本日の新聞誌上にも「やはりな!!」と思わせるそのデータが紹介されていました(スポーツ庁11日公表)。

「女子の体力 過去最高 小5男子は最低に 全国調査」です。

当相良にあっても外遊びしているのを見るのは女の子のみで男子は殆ど見かけなくなっていますから状況は同様の傾向。

だいたい河原で石を投げたり駆けずり回るのは男の子の遊びと思っていましたが今はまったく逆。

男子は家で「ままごと遊び」(バーチャルゲーム)なのでしょうね。まったくおかしな世の中です。ますます日本の男はバカになっているという進行系を見た思いです。

 

私の新しいショルダーは鮮やかな青系で少々派手。

その時の服装は上は水色のトレーナーに下はアディダスの紺色ジャージ、赤い3本線がお気に入りです(最近のよそ行きはいつもコレ)。

傍から見れば学校の体育の先生またはピエロのように見えるのかも知れません。

後者だったら前述ハーメルンの笛吹き男の派手なスタイルと同様。私はそうは思っていませんが・・・。

 

以前尾張の人(大人の男性)に道を聞くととても「つっけんどん」な対応でそこに地域性というかここの人のシャイな部分と排他性を感じたということを記しましたが、子供たちの無垢・無邪気というものは何処でも同じです。

私がカメラを向けるとしまいには皆ポーズを取って手を振ってくれていました。画像⑤⑥。大きい画像は割愛です。

 

五条川は庄内川の支流。

岐阜多治見から愛知犬山-大口-岩倉-小牧-清洲と濃尾平野を流れる河川でそれら各地方にはさらに支流化した河川を巧みに自然堀として利した城郭が散在していました。

 

①~④画像は大口町の小口城の櫓です。⑤⑥とは少し離れた場所。

この大口―小口(「おぐち」と読みます)は以前も記していますが「大・小」は「お」発音で後世になって筆記としてたまたま区別されたものでしょう。

駿河の「大原と小原」などの姓もその最たるもので元同族を示唆しているということをどこかで記したような覚え。

ちなみに「大」と「太」も元は同じ、点の有無など時間が経てば誤差のレベル。昔は耳で聞いたものを各自漢字にあてることから無理もなかったところです。

 

そちらには城址公園が整備されていて立派な櫓がそびえています(場所はここ)。

如何にも戦国風であの雄姿を見ればどなたでも上りたくなりましょう。ハーメルンのクリュート塔にも似ているような(行った事はありません 絵でみただけ)。

 

小口城は水路田園風景の中のさほど高くもない小さな丘の上に立つ平城です。いつものように周囲縄張りの様子をうかがえば国人領主の館跡を想像できる四角形。まさに今は住宅地の真っ只中にあります。

 

この城址公園は勿論「遺跡」ですので発掘調査もされて、資料館も設置されていますが大口町という行政組織がバックということですがあらためて戦国期の動乱の中に位置した城址としてその歴史の考証に力が入っているということが感じられました。

埋蔵文化財の展示はこちらとは別、大口町の資料館にありますのでそちらへ(上記地図)。

 

また、城址は住宅地の公園となっていますので子供たちの遊ぶ姿が。やはり男の子の姿は在りませんでしたが・・・

もはや皆無と言っても過言ではないかも。

 

しかし子供たちの甲高い声が響く街区というものはイイものですね。東京ではそれが嫌だといって保育施設に反対するという話を聞きますが・・・。

それだけ治安も良く安心を共有している皆がそれを理解している環境があるということでしょう。

 

私が櫓の頂上に上り、一緒した連れに向かってあっちこっち指を差しながら得意になっていると、付近の子供たちが下から声を掛けてきました。

「おじさ~ん 何撮ってんの?」「変なおじさん」とも。

 

そうか・・・「変なおじさん」評価は致し方ないと思いつつ、私はつい反論。「おい、変なおじさんなら、おまわりさんに言いつけろ!」と返すとそれがウケたか彼女らは怒涛の如く櫓の上の私らを追い詰めてきました。

 

小学校4、5年生でしたが、彼女らは私を包囲してから「キミだな!」と私のカメラを持って観察したりの「検査」行動。

まさかこの齢になって「息子の10歳下の嫁」のような連中に「キミ」と呼ばれるとは唖然としましたが、考えてみればコレって子供たちに受け入れられているということ。

「変なおじさん」とは言いながらも、心を許してくれているということでしょうか。不審者と思われていないで「良かった」と。

 

まぁ、見ず知らずの私をもっと警戒して欲しいとは思いましたが、私自身にとっては嬉しい事件ではありました。

連れは「お前の恰好が子供請けしているだけや」と言って、このようにして子供にうまく溶け込んだ「笛吹き男」が「丘の上」に子供たちを連れて行ったのだと解説していました。

 

⑤⑥画像は尾張大口町の五条川。桜の木々が川沿いに植えられてその開花時には人々が集まる名所が各地にあると聞きます。