まったくガッカリ静岡 沼津東熊堂 高尾山古墳

それにしても静岡、今は昔・・・かつては「サッカー王国」などと自他ともに称し称されていたことがありました。

プロリーグが開設してスグの頃はエスパルスに続いてジュビロも「さすが」と膝を打たんばかりの活躍の姿を提供していましたが、ここ数年は惨憺たる躰を晒しています。

高校サッカーも毎度の優勝候補でした。

 

プロ両チームとも優勝争いには常に顔を並べることが当たり前という暗黙の命題があったものですが、惨めなもので最近は優勝どころかジュビロは下位リーグに降格して今もあえいでいます。

そこへ来てエスパルスの方は現状1部から降格ライン上にあって、相当怪しい雰囲気(自動降格)。

ジュビロも今節での昇格が確定的かというと全く「安心できない2位」で、もしかすると「面白い」と言ったら怒られますがエスパルス対ジュビロの静岡ダービーで昇格決定戦が行われることもありえるくらいです。

 

そんな状況に陥っているということは、まぁ色々な事情が重なったうえでこの「今」があるのでしょうが、それらのみに限らず静岡県内に漂っている雰囲気はやはり「ガッカリ感」。

 

その立地だけでなく日本の標準的、「中間層」の集合体静岡県は諦めの境地に居るのかも知れません。

長らく「オンリー1」を自負していたサッカーが一般化して流布し、国内の力関係も標準化、むしろ置いてけぼりにされて後塵を拝するようになった姿を目の当たりにしているのですから。

 

「何やってもダメ感」の蔓延なのではありますが、近くでは駿府城の再建に将来を賭している人もいれば、浜岡原発を再稼働させじと(またはその逆も)必死に活動している人もあります。

ただし多様な前向きな将来を見据えた活動の中でこれから何かに尽力して行こうという気概の人は一部のみのようです。

 

この諦めとは、もはや雲を掴むような将来の夢の如くのことよりも「今だけ」「直近」に生きる事のみを求めようとしているように感じます。静岡県人に限らないでしょうが・・・。

現実の重荷を降ろそうと必死にもがいている姿にも見えます。

 

これは皆の余裕や遊び、心の「のりしろ」部分が無くなってしまったということになりましょう。

 

おカネを稼いで人並みの人生をキープしたい、という気持ちは誰しも描く道なのでしょうが、その気持ちが集結すると国の意思は「経済偏重」の答えを出して来ます。

共産主義対資本主義の優劣の問題は既に答えはでていますが、あまりにもその「金儲けこそ国益」の精神はこの国において行きすぎています。偏重はぎすぎすと軋みをもたらすものですね。

 

どこかの時点で破綻するのではないかと思いますが、どこでどうなってぶっ壊れるかというその道筋については想像だにできません。

とはいえ敢えて私の予想を記せば、これはどちらかでも記しましたが、きっかけは①地球規模の食糧危機、そして②国内人口減少の2点でしょうか。①は突発的②は徐々に・・・

 

政治や経済の中枢に関わっているセレブな方々は、それはそれは日々の食事の事、子供たちの婚姻の事など身につまされて考える機会はあまり無いのだろうと思いますね。

そういう私も今のところ何らの不自由もせず現実的危機感は無いのですが・・・ただしいずれは「下流老人」・・・予備軍です。

 

よってその切実感が伝わらないために施策が後手に回って、取るべき術の喪失を招きかねません。

致命的な舵取りの恐れさえあるやも知れないですね。

②の人口の減少についてもたびたび・・・

この国から子供がどんどん少なくなっています。これはデータを羅列するまでもなく明らかで、誰もが感じていることでしょう。

何より結婚しないで独身を通すという人は男女とも増えているよう実感しています。

どこに行ってもそんな声ばかりですから。

 

お国の、戦車や鉄砲(少々大袈裟ですが)などの兵器の輸出や、海外派兵に基づく経済上のアメリカの御機嫌取り、原発開発維持の技術輸出のために自国内での原発立地、国内自動車産業を中心とした格安電気提供の為の原発再稼働の方向性が見えています。総理殿はそれは「みんなの給料をあげるため」との仰せ。

しかし企業はまたぞろ内部留保の体力温存とM&A(合併と買収)にうつつを抜かして、いつになったら末端国民までその恩恵とやらが及ぶやら。

 

及んだとしても大きな企業の傘下にいる皆さんオンリーと思いますが・・・。そういう「諦め」も含んでのことでしょうね。すべてが。

私ごときの保身ではありませんが、最近の墓じまい依頼が増えているのは継承者不在の現われです。それは寺の存続にも関わることではあります。

寺に居るということから一層その事を敏感に感じてしまいます。地域文化の継承どころか家の継承もままならない姿を見せつけられています。

 

一言で「時代が違うから」と言い聞かせて納得しようとしてもここは娑婆世界のこと。蓮如さんのいう「往き易く人無し」(二帖の七 ~易往無人)の「お浄土」では無いのですからね。

譬えに無理がありましたが、娑婆に「もはや人が居ない」というのではシャレにもなりません。

 

今や人々は将来の展望が描けず文化や芸術よりも経済と利便性を重きに置くという方向にあるのです。

坊主の僻みに見えたらごめんなさい。

そしてまた「地獄の沙汰もカネ次第だろよ」と逆にお説教を受けそうですが、寅さんじゃあないですが「それを言っちゃあおしめぇ」なのです。

仏教的に言えば「畜生道」に堕ちるべからず、知性を失ってはいけないというのですがね。


さて、沼津を密かに全国区のステージにあげて、また沼津市民のその手の判断の可否について他所からの注目と評価をいただくようになったものは・・・ここ俄かにお騒がせとなっている道路取り付けのあの開発計画です。

 

東名沼津インターや246号方面から沼津市街地を国道1号に繋げる工事の殆ど最終地点の丘を削平しようとしたら実は古墳だったというものです。

上にあった2つの神社を取り壊して、隣接する場所に新築したまでは良かったものの、その場が前方後円墳だったというものです。地元では古くから「墓」の伝承はあったようなのですが、事前調査不足の指摘は否めないですね。


こういう工事で全国的にこっそりとぶっ壊された古墳墓地遺跡等は数知れず、今回も気付かれなければそのまま継続工事が為されたのでしょう。

実はこの古墳、ひょっとしてあの卑弥呼とのライバルだった卑弥弓呼(ひみここ)の墓かも知れないとも。こちらは高尾山古墳と呼ばれ、東日本で一番古く、そして最大級の大きさだといいます(場所はここ)。

 

ちなみに卑弥呼の墓の有力候補である箸墓古墳よりも推定時代は古く西暦230年頃とのこと。

どこにいたのかまだ確定していない卑弥呼のライバルの「大王」の墓であったとしたら、道路工事などしている場合ではありませんよね。

 

最近になってようやく工事はストップしましたが、考古学会や学者はじめ市民が騒ぎ出さなかったら今頃更地にされて道路になっていたでしょう。

指摘が増えた当初は「じゃあ調査します・・・しょうがねぇなぁ・・・」と言ったかどうかは知りませんが殆ど沼津市は工事続行の意思で相当域を破壊してしまったようですね。

 

壊すか守るかそれとも道路と遺跡両方を取るのかいまだ紛糾しているようですが、「部外者の放言」を言わせてもらえれば、「道路なんていらないかも・・・」ですね。

もし国レベルの文化財であれば私にだって声をあげる権利はあります。

用地買収にさらにおカネはかかりましょうが、「プランB」で違う場所に道を付け替えるという英断を下せばさぞかし市長の「オトコ」はあがるでしょうね。

 

ゆくゆく真面目な実地調査によって古代史の何かが判明したり資料価値が見出されたり、ひょっとすると「大化け」して歴史の教科書を塗り替えるくらいの大発見も夢ではありません。

そうなれば沼津市民の財産が増えるのだという皮算用もあり得るのですが・・・。結局皆さんがお好きな「カネ」(観光資源)に繋がるではありませんか。

羨ましいことです。

沼津の皆さんは折角のイイ物をお持ちになっているのに、あたかも見殺してしまうことは惜しいことですよ。

 

いまだあの古墳に文化財指定が市の方から上がってこないのはあわよくば工事を予定通り強行したいという色気みたいなものも感じてしまいます。

私は静岡のサッカーがビリケツになることはどうでもいいので、こういう物を素直に大切にしたいという気持ちですね。

JFL沼津に元ジュビロの中山が現役復帰したという話題も出て本本当に楽しみな町なのですから。

 

当地の地名は「東熊堂 ひがしくまんどう」。

古墳の上の社が地名になっています。1800年も前から鎮座するこの墳墓を高々50年100年の生を受けた我々が図図しくもやすやすと利便性のみを優先して壊してしまうことはいけないことです。後世に残すという努力を惜しんでなりません。

 

最後の画像奥に国道1号線江原公園交差点が見えます。

④が古墳の上からの図。道路がここで止まっている状況がわかります。⑤かなり掘削しちゃいましたね。

 

詳細はこちらをどうぞ。

東日本最古・最大級の高尾山古墳を取り壊さないで!

 

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コメント: 2
  • #1

    大塚誠 (木曜日, 11 5月 2017 12:19)

    前略
    沼津古墳問題から 和尚のブログに入り 読み進む内に お考えや サッカー好きが 共通している様なので 返事しております 俊輔の磐田 面白いですね!
    私は 多分和尚より 若干年上の東京の人間です 実は 沼津の市会議員に頼まれ 2年ほど前に 古墳問題に首を突っ込んだ者です
    私は 引退後 飛騨のお仲間と 神道を様々追求しているのですが 市会議員から 沼津古墳問題を聞かされ 古墳上の神社の移転により 関係者5人も急死していると言われて 飛んで行きました
    取り敢えず お清めをさせていただき その後 定期的に 移転させられた 隣の 穗見神社 熊野神社 の参拝と 地元反対派の人達との 交流をしております
    色々聞くと 内実は 和尚の仰る通り 全く 無知と利権の オンパレード 酷いものです
    地元の人には ´敬神崇祖´を訴えるのですが 今の人には なかなか 解ったのか分からないのか? 私の理解するところでは スルガ大王 は日本武命 東征の折 関係した大人物 地元の大事な御先祖様です
    そんなことより 道路優先 金 票 優先の 地域人々に 明るい未来はあるでしょうか?
    大抵の古墳の上に 神社が載っているのは 家に 神棚と仏壇が在るのと 同じことと 日本人の常識から 説明しなくてはならず 忸怩たる思いで 沼津から帰ってきます
    GHQの 戦後政策は 大分達成ですな ここから どう引っくり返すか 腕が鳴りますよ!!
    まあ此を見せられるのも 神事的には 人々に 考えさせて頂いている と 思っています
    和尚 お互い 諦めず 頑張りましょう 激励を込めて 大塚誠 拝

  • #2

    今井一光 (木曜日, 11 5月 2017 14:01)

    ありがとうございます。
    歴史を真摯に見据え、その関りが「わたし」はじめ子供たちの
    「鑑」となることは当然の事。
    それによって育まれ、福を積み重ねていくことを実感し
    豊かな人生を送ることがその目的であるとも思います。

    あの古墳が未来永劫にわたって遺されることが決定され整備の方向で
    行政が動いてくれることを期待します。

    それにしても
    「 どう引っくり返すか 腕が鳴りますよ!!」の言葉、素晴らしい気概を
    拝見させていただきました。

    私もぼやいてばかりいられませんね。
    あらためましてうれしい激励のことばをありがとうございました。
    ますますのご活躍をお念じ申し上げます。

    追伸 俊輔のジュビロ磐田、最近になく注目しています。
       勿論古墳そのものと市長の言動も。