戦国武将たちの富士山 NHK静岡 トークショー

昨日は午後より静岡まで。

時間に余裕があったためバカ高くなった東名代をケチって牧之原インターをパス、金谷まで出て1号バイパスを使用しました。

このコースを辿るとき、あらためて牧之原台地がV字に太平洋に出っ張っていることを思います。

「国1に出るまでに時間がかかる」ということを再認識させられるということですね。

 

横浜から静岡に越して来て「トホホ」と思ったことの一番はラジオ番組について。私は車で移動する時は殆どラジオを点けっぱなしにしています。

CDやHDにダウンロードした音楽やBluetooth(ブルートゥース)

にて曲を聞くことは稀れです。ラジオにしておけば適宜交通情報やニュースも聞けて「世間様の今」から隔絶するリスクは無いですからね。

しかしやはり好みの曲は聞いていたいもので、ラジオがつまらなくなったら気忙しくチャンネルを変えていきます。

 

横浜を中心に関東では音楽系に特化したようなFM放送局が地方限定局含めてたくさんあって、近ごろ特に嫌いになった車での移動時間を楽しく過ごすことができていました。

ところが、当地区でのFM放送ときたら辟易です。

曲の好みもそうですが、DJ?というのか担当者?(時に複数)がマイクの前で鎮座して喋りっぱなし。まったく曲に移りません。

 

ひたすら耐えてそのつまらない(自分勝手にウケてる)トークが済んだと思ったら流れた音楽がくだらなかった(私の好みじゃない)らガッカリです。

そういう埒があかない場合は私はAM810の旧進駐軍極東放送(AFN Tokyo )に切り替えています。雑音はありますが牧之原付近に限ってなぜか入ってくるのです。

沖縄ではFMで放送されていましたからずっとコレでした。

ただし聞こえてくるトークは相変わらず認識不能というのがオチ。

音楽放送が多いのがイイのです。

この放送局はネットでも聞けるようになりましたね。

 

昨晩は豪雨のせいだったのかFM横浜の入りが良くてたまたまかかった「ZZ Top」のギターにご機嫌のノリで帰ってきました。

ラジオから流れてくる曲はサプライズで気分爽快にさせてくれました。

 

さて、静岡に向かったのは標記、小和田哲男先生のトークショーがあったからです。こういうお話には積極的に耳を傾けます。家康400年と富士山を掛け合わせたものでNHK静岡放送局が募集していました。

平日の夕方ということで(1800~1900)気軽、あまり広くない部屋(伊勢丹ミライエ呉服町)が満杯になりました。

こういう機会には前列トップに陣取らなければ気が済まない私ですので後ろの様子はわかりませんが200人程度は入ったのではないでしょうか。

問題は隣の方がゴホゴホしていて帰り際に頭痛に襲われたということ。大事をとって帰宅後速攻で就寝しました。

 

史料に残る富士山に実際、登頂した戦国武将は信玄の父、武田信虎ただ一人とのこと。信玄は12歳で北条氏康の嫡男の氏政の元に嫁がせた(三国同盟)娘、黄梅院の安産祈願を「富士御室浅間神社」に行っていることで「父親」としての温かさという一面を見せていました。

ということで富士山信仰として「安産」の祈願所であったことはその歴史から見てとれるのですが、やはり戦国武将から見たその我が国一番の山を「天下」に準え戦勝の軍神として崇めたという面があるとのことでした。

 

画像は私も大坂城で見た伝豊臣秀吉使用の「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織―ふじごしんかもんくろきらしゃじんばおり(大阪城天守閣蔵)」

富士山の噴火の様子が描かれているのでしょうか、うまくデフォルメしていてデザイン的には可愛らしくいかにも今風、パクリたくなりますね。というか見た事あるかも。

 

小和田先生がそういえば伴団右衛門(塙直之)の背中の旗差は「コレだったね」と。団右衛門は元横須賀衆だったという説もありますが、背中に背負うものを天下(富士山)とする傾向は西方の人が多いのかもしれません。

地元静岡近辺ではフジヤマの事を「何とも思わない」のですが、遠方の人、特に西に住まう方は富士山への憧憬は強いのかも。

画像はウィキ。

 

NHKの「旅ラジ」生放送の宣伝もしていました。

9月14日(月) ~ 9月17日(木)は静岡県。

【ラジオ第1】【FM】 午後0:30~午後0:55(全国放送)

  ネットだと「らじる★らじる

 

9月14日(月) ~静岡市葵区~

9月15日(火) ~静岡市駿河区~

9月16日(水) ~湖西市~

9月17日(木) ~浜松市中区~

 

詳細は未確認情報ですが

9月14日(月)は静岡浅間神社で小和田先生も出向くとのこと。