蕉園渉筆の遠州七不思議  「遠州七奇」

このままいけば四国から関西直撃の恐れというか、もはや間違いなさそうな台風11号、かなり心配ですね。現状945HPですからこのクラスの内地直撃だと死傷者が出てもおかしくないレベルです。

昨日の当地は朝から真夏の太陽で今年初めてアブラゼミの声を聞きました。私は初盆のお宅に向かうためにR150を行き来しましたが地頭方あたりでは波が国道を洗っていました。

しぶきが煙霧のように覆って、車は塩まみれ。あの台風3連発以来ずっとここの海はこんな感じです。

 

自宅に帰れば海岸の波濤の音が・・・その台風の大きさを推すことができます。上陸地点は四国あるいは、ズレたとして紀伊半島と当地からはかなり離れていますが、台風が引き連れてきた雲は昨夕から当地にかかり始めてポツポツと。

雨が降るなら洗車はいりませんか・・・

 

さて蕉園渉筆に遠州七不思議について記された部分があります。

相良辺りに居て、この「遠州七不思議」という語を聞かない人はおそらくないのではないかというくらい、有名な言葉ではありますが、その七不思議の内容は各地一定でなくてかなり違うので、もはや「ふーん」と流しているくらいですね。

各地というのは遠州でも浜松から当地あたりまでかなりの広さでそれぞれ地域「ご当地の不思議」をピックアップして羅列したのでしょう。

 

その根拠たる伝承があるのか無いのか、あとから取ってつけた如く今になってこじつけたのかよくわかりませんが、その「遠州の七不思議」、数えればそんな数字では収まらないほどになります。

 

さて蕉園渉筆は相良の代官ですから、その時代の彼が耳にして記述した文書に当時のそのベスト7というものが記されていますので出典としては一級の資料です。

少なくとも彼が亡くなった1826年以前の「7つ」であることは間違いないのですから。

 

案外、今言われているそれらと相違があります。

それでは蕉園渉筆の「遠州七不思議」を。

 

蕉園渉筆十三 「遠州七奇」


州人称七奇者、其一為佐倉邑神會、邑有古池、昔永空阿沙黎、待弥勒出現、自投為龍之處、傍有舊祠、曰佐倉明神

秋彼岸、以中日祭焉、遠近奉飯器、祈疾病、若他所求、廟令炊礱飯允之、享於神、前土人数輩、斎七日、 午時来撒之、裸軆抱之投池中、游泳至于水心、両手環器、 壓而竦脚、俯伏、

器沈水底、然後又游泳而去、随器数如此者数矣、傳称、歴三五日浮者、其所祈有應、即時浮者 無験、其二為天狗火、暗夜飛空中、雨夜最多、色深赤、一火忽然散満於四野、其三為参澤三度栗、夏秋再熟、冬日雪中亦熟、其四為中山夜啼石、々當路而立、夜呼行人悲哭、其五為相良波響、不由風、而東西移響、其六為 日坂湧井、昔僧空海、過駅渇乞水、駅中無井、一婦人数里搬運、空海擲錫於其舎前、寒水忽然湧出、其七為高脚 巌、在波津東南洋中、出水丈許、濶可布十筵祈雨有應舟而上之、若人溺之巨涛立狂、為之所没、必有雨濯其穢、 可謂皆奇矣


州人が七奇と称すは、


①佐倉邑の神會と為す、邑には古池有り、 昔永空阿沙黎、弥勒の出現を待つ、自ら龍之處の為投ず、傍に舊祠有り、曰く佐倉明神、秋の彼岸中日を以て祭る焉、遠近が飯器を奉じ、疾病を祈る、 他所に求めるが如し、廟令が礱いだ炊き飯を之を允る、神に享す

前に土人数輩、七日を斎し、午時来りて之を撒く、 裸軆之を抱え池中に投ず、游泳し水心に至る、両手は器を環り、壓て脚を竦ませ、俯ぶし伏せ、器を水底に沈ませる、然る後又游泳して去る、 器に随う数は此の如き者数える矣、傳へ称す、三五日を歴て浮く者、其祈る所有應じ有り、 即時浮く者は験無し


②天狗火と為す、暗夜空中を飛び、雨夜最多し、色は深赤く一火は 忽然として散じて四野に満ちる


③参澤の三度栗と為す、夏秋再び熟し、冬日雪中亦熟ず


④中山の夜啼石と為す、石は當路にて立ち、夜行人を呼び悲し 

 く哭く


⑤相良の波響と為す、風によらず、東西に響きを移す


⑥日坂の湧井と為す、昔僧空海が、駅を過ぎ渇して水を乞う

 駅中には井無し、一婦人が数里搬運す、空海は其の舎前に錫 

 を擲つ、 寒水が忽然と湧出す


⑦高脚巌と為す、波津の東南洋中に在り、丈許り出水す、  

 濶さ十筵を布くべし、雨を祈り應じ有り、舟にて之に上り、

 若し人が之に溺すれば巨涛立ち狂い、之の為没する所、

 必ず雨有り其の穢れを濯ぐ、皆奇と謂うべし矣



①については100%どちらの「七」にも記されているので異論はないでしょうね。④③②もよく耳にしますが、興味がわくのが⑤と⑦。両方とも相良の「波津」のそれです。

⑤も⑦も他所では絶対に出て来ませんね。

まったくの相良だけの「七」です。

現在の相良の「七」には「子生まれ石」が含まれていますがそれもありません。それも不思議ではあります。

⑤は似たようなものに遠州灘の御前崎沖や浜松沖にありました。

⑦「高脚巌」は今の通称「愛鷹岩」です。この岩も相良人で知らない人は居ないでしょうね。こちらは当山のNO.2の阿弥陀さんが網にかかったという不思議の場所でもありました。

内容はこの岩礁は古くは雨乞いの祭事のようなことが行われていたのかも・・・10畳くらいの広さのそちらに上陸して「おしっこ」をすると大波が立って洗浄するかが如く岩を洗って雨が降ったとのこと。

 

このような古文書があるのに相良の人たちは「遠州七不思議」といえばおそらく違う「七」をあげるでしょうね。

折角相良の古い「七」というものが出典付きで残っているのですから勿体無いことです。

ちなみにウィキペディアの「遠州七不思議」にも記されていませんのでまずはわからない部分でしょうね。

まぁ暇なときにでも加筆しようと思っていますがどなたかお願いできますか?

 

昨晩は⑤「相良の波響」を聞きながらこちらを記しました。

 

画像の①が愛鷹岩方向、この日は見えませんでした。