相良名物は「蕉園渉筆」に 「馬鮫魚(鰆)菰塩」

相良の名物を無理やり「茶漬けである」と名物の掘り起し(昨日ブログ)をして実行していこうという動きは、テーマ性としてはヤル気も前面に出ていてとてもよろしいこととは思いますが、「歴史的伝統ある地元の料理」という観点からは少しばかり外れている感。

素材を牧之原茶と相良の塩というのはイイとして、「料理では無い」というところが痛いですね。

 

拙僧も、こちらは「無理やりではない」と思いますが、正攻法に確りとした文献を辿ってその素材と料理をあげるとすれば・・・それは標記「馬鮫魚(鰆)菰塩」とそれを使用した料理でしょうね。

 

この素材はたまたま春先にテレ朝系の「食彩の王国」という番組にて取り上げられていたものです。番組のおしまいのテロップに、協力「牧之原市教育委員会」と出ていましたので、当然に役所としては承知していることでしょう。

 

内容は江戸期より春の相良沖(春を告げる魚)で釣られ、刺身としてまた、保存食としても加工されて江戸城中への献上品ともされていた鰆(さわら)について、その食文化の紹介番組でした。

鰆の口は鮫の如くに鋭利な歯が並んでいて「馬鮫魚」とも書くのですね。

 

さて相良という地は魚類の水揚げが豊富で当然に「名物」となり得る素地がある事はわかりますが、何せ物流事情の悪い江戸期にあってどのようにして鮮度を保ち、遠方へ運ぶかというところ、甚だ疑問となりましょう。

そこを解決したのがやはり相良の塩だったのでした。

 

丁寧に血の部分を取って洗い、塩をまぶして、菰で撒き一晩干して熟成させます。そのあとに賞味できる期限はいったいどの程度だったのかはわかりませんが、当地田沼後の荒れた相良に赴任した代官小島蕉園の「蕉園渉筆」に記されているようです。

 

「蕉園渉筆」は漢文で読みづらいそうで、解説書があればいいのですが、その本編すら入手するのが難しいようで私は拝見したこともありません。勿論その番組の紹介により初めてそんな料理があったことを知った次第です。

吉祥寺の叔父が大正七年に文部省が発行した「蕉園伝」を古本屋で入手していますが、相良食物の羅列のトップに「馬鮫魚」が記されていました。

 

ということで番組をキャプチャした部分をアップしました。

鰆の菰塩撒きで紹介されている魚才さんは当山檀家さんで代々鮮魚を営む老舗ですが、番組放映後その問い合わせでてんてこ舞になり、パニック状態に陥ったうえその対応に止む無く留守電に切り替えたそうです。行き場のない問い合わせは役場経由で回ってきたと仰っていました。

 

①は相良の街並みの図。ちゃっかり大澤寺が映っていてニンマリ。私は松平定信が「うまい」と言っていると記されている部分を見て、とても面白いと思ったことは、彼こそがそう決めつけた贈答(賄賂とも)政治を「悪」であると粛清、田沼意次を失脚、相良城破却に追い込んだ張本人なのですが、「なんだぁ、自分もちゃっかりもらっちゃってるじゃん」ですね。それも相良から・・・ちょっと恥ずかしいやら・・皮肉でしょうか。やはり周囲を憚っていられないほどの「美味」だったのでしょうね。

尚、現在の鰆の漁獲量に関しては相良はじめ駿河湾はベスト5にも入っていないようです。これは言うまでも無く鰆が少なくなったということ。理由は鰆が小魚を主食にしていることですね。原因はやはり「磯焼け」。相良布(昨日ブログ)の激減と比例していることは火を見るよりもあきらか。

 

番組後半は調理の紹介でしたが、こちらは浜岡の割烹でした。

相良で繋いでいかないとコレも取られちゃいますよ。

まぁこのような美味しいモノが相良にあったということがわかったのですからこれから地元で復活させて勝負してみるのも一考。論拠がハッキリと記されていますので。