あーします こーします 道筋を示す 福島

最近の「マニフェスト」ブームもそうではありますが自己のなすことにおいてできるだけ責任を回避でるようにうまいこと言って大風呂敷を広げることは政治家さんや経営者の常套。

 私たち小人(しょうじん)こそその大風呂敷を広げて―たかだかのつまらぬものですが―何か物事にあたることは大いにあっていいことですし、その公表された目標に向き合って日々淡々と成就へ進む姿は喜ばしいことと思います。

 

 本来マニフェストは声明とか宣言とかの意でしたが、最近では選挙等での「公約」という風に解釈されますし、もっと重きを置いて考えれば受信者との「契約」でもあります。

ところがいつしかその契約は大概、反故にされることが多くなって(壮大ですばらしいことばかりですからある意味当然なのかと思いますが)、勿論法的拘束力などはありませんのでそれを発した当人も受信者も、ごく最近では当たり前の如く「おしるし」程度にしか思わなくなってきました。

 

人間のやることですから「そんなものだろう」と思っていればよろしくて、その手のことにいちいち気にすること無く「ふーん・・・」とか言ってどっしり構えているくらいの力量ってものが欲しいところですが、例の消費税という頭の痛いやっかいなものが値上げが決まったという「記念」に一つボヤキを入れなくてはならないと奮起して記すこととしました。

 

 毎度鼻毛が伸びまくって酷くテレビ映りが悪いお顔で、いったい周囲の取りまきや家族のうちで一言注意してあげる方はいないものなのかと余計な心配をさせられるあの経済界のドンの御仁が独り機嫌良く持論を述べたてていました。(最近はお手入れされている?  これは失礼!)

 

  一応の紆余曲折はあったかの論はありましたが「予定通り」消費税3%upが決定しました。

「お前らは非課税なのだから黙っていろ」とお叱りを受けそうですが支出に関しては同じですね。

来年も襖の修復とかが控えていて、「ああ!はやく着手しておけば」と少し悔しい思いです。

 

 襖の補修は一昨年辺りから市に打診していたのですが、これは本堂全体が指定文化財になっていることと、そして市から多少の援助が得られるからですが、支援金の状況等もあって来年に廻ったのでした。

他にもやらなくてはならないことが山積で辛いことです。

お寺の支出は単価が高いのですね。(尚、襖修理費用は寺の修繕費の残金がありますのでそちらから・・・)

 ちなみにその3%とは、前回の本堂改修工事でいえば約200万円!!。考え方によっては早くやって良かった、余ったお金と思って耐震工事を充実させようか、外トイレを綺麗にしようかを考えればいいのですかねぇ。

 勝手な事ばかり申して失礼しました。どちらの御門徒さんの方にあってもそれは同等ですよね。

 「あーします こーします」と将来は素晴らしいことばかりのようですが、からっきし数字に弱い私の如き頭の持ち主には「ご理解いただく」と仰られる中、理解する間もなくコロッと騙されて、「こんなはずじゃなかった」とあとからまたボヤく。滑稽な身でございます。

 

北海道の鉄道屋さんも東電フクシマさんも相当の出鱈目なおしごとやっているようで改めて驚かされましたよ。

皆さん方、我が身の事(あるいは我が社、我が党)しか考えていないということが良く判りました。

 

 そして消費税上げ決定のその日、入ってきたニュース。

アメリカのオバマ潰しの共和党の戦略?でしょうか「暫定予算を上下両院で可決できないまま新年度の10月1日を迎え、資金不足で政府機関の一部が閉鎖されることが確実になった」とのこと。

狭量な意地悪にしか見えない理由のように感じます。

求心力の落ちかけている民主党オバマ大統領の足を引っ張るというものですが、共和党は焦っているそうですね。

 民主党はオバマの次の大統領候補としてヒラリー・クリントンの名があがっているそうですが共和党にはその目玉が無いそうですから。

アメリカは好きな国ですがここにまた「嫌悪すべきアメリカ」を見てしまったような気がします。

根底は南北戦争以前からの南部大農園富裕層的感覚、その歴史たるものの拭えない陰湿を感じます。

 

 戦国時「旗を掲げる」ことによって自軍の存在を表明しましたが、その旗印の意味することは、その大将の「名」の如くあるいはその大将の「人」そのものを表すものです。

それぞれの武将たちの多くの旗印がありますがこれこそ当時の武将の意思表明が含まれていて、まるでマニフェストの如くのものがあります。

 

さあ、この人の旗印を見たら相手方は何らかの躊躇を覚えた筈でしょう。

画像は福島正則の旗印の「黒地に山道」。ちなみに司馬遼太郎の「愛染明王」での福島の関ヶ原の旗差は「白地に山道」とあります。

そして秀吉から拝した「福島オモダカ」紋、鏃の形が重んじられ、勝ち草とも呼ばれました。まるで槍の穂先の様ですね。

 

福島正則は秀吉が加藤清正と同様に床几周りに控えさせた小姓、桶屋の倅と聞きます。

③清州城城外須ケ口に掛かる橋の上で泥酔して絡んできた足軽を細工包丁で刺殺したのが14歳(司馬遼太郎「愛染明王」)、その後出世してこの城の城主になりました。

 時として狂気の如くの勇猛さで単純愚直、賤ヶ岳の戦いから一気に名を轟かせた武将です。

 

 「一本道」旗差物はいつしかあの安土城の秀吉館前から見上げた安土の「一本道」をイメージに入れたのでしょう。

福島の示唆するところは「筋道を示せ」でしょうか。

一番乗り 一番槍 一番首を狙うことに命を懸けた男の標はやはり山頂を目指す一本道だったのです。

あちらのフクシマに道筋が見えてこないのは周知の通り。