「なにか五つの 障りあるべき」 駒姫辞世

時代が遡るにのに比例する如く各時の人々に現代人とは比較にならないような忍耐力やご苦労の数々、そして何より勤勉さと教養というものには感じ入るものがありますが、果たして15才の少女が降ってわいた突然でどうにもならない圧倒的な力によって迎えなくてはならない我が身、人生の終焉を前にして、このような句を詠めるものなのでしょうか。

そのように野卑野暮薄弱なイメージしか持ち合わせない小生の思考、お恥ずかしいところです。

 

 「罪をきる 弥陀の剣に かかる身の

           なにか五つの  障りあるべき」

 

という句を見てスグに蓮如さんの御文を思い出しますね。

 

 「罪をきる」は無実の罪を着せられるの「きる」と「斬る」をかけています。「剣」はキレのいい如来さまの教え=四十八願、そしてわが命を奪う刀。

「弥陀の剣」には生死をも超越したすべてのことは如来におまかせしているという「諦観」が感じられます。

 最後の「障りあるべき」は「弥陀~」と「なにか~」を飛ばして詠んでみれば「無実の罪を着せられたこの身に、何の障りがあることか」という意が窺えます。

 

「なにか五つの 障りあるべき」は実をいうとこの句の一番のポイントだと思います。

「五つの障り」、いわゆる「五障」は「三従(さんしょう)」としばしば一緒に並べられて「五障三従」などといわれることが多い言葉です。これは鎌倉以前の一部仏教宗旨の教えにあった女性差別の考え方です。そのような考えは一部戦後まで続いていました。

 要は「五障」を一言で言えば「仏には絶対なれない」ということ、「三従」とは女子の守るべき当然のこととされていた三つの流れで、①幼女娘時代には父に、②婚姻後は夫に、③夫亡きあと老いては子に従って、生涯を全うするということです。

釈迦の教えにはそのような考え方は一切ありませんでした。

釈迦入滅後、釈迦以前のヒンズーやバラモン等の教えがごちゃまぜになって大陸を経て我が国に入って「男性優位、女性下賤」の思想を日本に植え付けていきました。

 

蓮如さんの御文にはかなりその言葉、「五障三従」が頻出します。

当時の人々にとって「五障三従」は何らの疑いも持たない当たり前のことでしたが、蓮如さんは人々に「それは違う」「老若男女皆同じである」という真実の教え、阿弥陀如来の本願とはどういうものかを御文で伝えました。たとえば・・・

 

5-7

~しかるに阿弥陀如来こそ、女人をばわれひとりたすけんといふ大願(三十五願)をおこしてすくひたまふなり。

このほとけをたのまずは、女人の身のほとけに成るといふことあるべからざるなり。(男も十悪五逆の身で同様であるが阿弥陀如来一仏のみがその誓願をたてているのでこの仏を信じる事が一大事である)

 

5-14

なにのわづらひもなく、阿弥陀如来をひしとたのみまゐらせて、今度の一大事の後生たすけたまへと申さん女人をば、あやまたずたすけたまふべし。

さてわが身の罪のふかきことをばうちすてて、弥陀にまかせまゐらせて、ただ一心に弥陀如来後生たすけたまへとたのみまうさば、その身をよくしろしめして、たすけたまふべきこと疑あるべからず。

たとへば十人ありとも百人ありとも、みなことごとく極楽に往生すべきこと、さらにその疑ふこころつゆほどももつべからず。かやうに信ぜん女人は浄土に生るべし。

 

等々です。

 

よってそのような深き真宗の同朋の教えがこの句の中に納まっているのでした。

「阿弥陀如来のおはからいであるのならばまず従って仏の世界に参りましょう、五つの障りなどあるわけがないのだから」という意が籠められている、あの状況下で想像だにできない辞世の句でした。