金谷宿川越し場 島田の対岸 「軽口」の訂正

島田宿川越し場(20130207)より大井川を渡ってスグ、金谷宿の入口に掛かる八軒屋板橋を渡ります。この板橋はイザという時の防御の手筈。焼いて落とせるようになっていました。

画像①の右奥がJR金谷駅方面で山並みが諏訪原城から小夜の中山峠に向かう所謂街道の「難所」。大井川という「難所」との間にある宿場町として栄えたのが金谷宿です。

当時の金谷は金谷河原町という川越の町と金谷本町という宿場行政の町に分かれていたようです。

JR金谷の駅方面の金谷本町の書店が3件あった本陣の一つ「佐塚」の跡となります。

 

さて話は飛びます。

5月21日のブログ「ギャップイヤー 遠回り? ・・・」にて

とんだ軽口を記したことをお詫びします。本日のNHKにてその現実を紹介した番組を見て「ハッと」気付いた次第です。

 そのブログでは「今は、子供を拘束して家の経済力として期待する時代にはありません・・・」と言い切ったことです。

親が子供を尚自由にして社会に羽ばたかせて色々な経験を積ませるべきであるといった意で記しました。

 

しかし、実際問題として未だ子供の働きに家庭の経済力として期待せざるを得ない家庭がたくさんあるようですね。

世にいう「日本の貧困問題」です。

「勝組―負組」あるいは「自己責任」という語で括る経済主導、金銭一本槍の極まった社会への変化の産物でしょうが詰まる所、格差貧困、相対的貧困がこの国を蝕んでいるとのこと。

 

 データによれば6人に1人の子供がその日本的貧困に悩んでいるそうですね。先進国中最低レベルだそうです。

眼で見て確認できない、ごくデリケートな部分ですのでわかりにくく当事者は口に出して出るべき所に相談もしにくいのです。

 不慮の事故・病は言わずもがな、先日記した母子家庭、働き頭のリストラ、事業の失敗等、親の事情で進学を諦めたり退学したり、出費を考慮して好きな部活に入ることも断念したり、修学旅行の積立ができなかったり・・・

そんな子供たちが30人クラスで平均5人はいるのです。

 

 そのような現状を顧みること無く、「自由に時間を過ごすことの薦め」などその人たちからすればとんだ絵空事でした。

私自身恵まれた環境にあり、人の痛みが判らない者であったと深く反省する次第です。

 

 「いみじくもそうあれば何より幸せなことか」という意に変更いたします。

この件、「だれのせいや」と問われればやはり「社会のせいや」でしょう。ということは「私のせい」ということでもあるのです。