25じゃなくて26日 バースディ 大御所

最近の勇ましい人たちの声。

「米国の言いなり」という言葉をよく発します。

一方弱き立場の人たちの声にもそれと同じ言を耳にします。

それぞれ違う立場の違う人たちが「アメリカ主導で困る」のだという主張でしょうか。

勇ましい人たちとは「独自憲法」とか言いだして、もしかすると「もう、一丁戦争でもおっ始めようか」と言い出したとしても「全然OK」な段取り(法整備)のための理屈であるのに対し、弱者とは沖縄など米軍基地によって常にリスクを肩代わりさせられている人たちのボヤキですね。

 

 とか何とか言って戦後は皆さん米国にはとことんお世話になっているのですね。

明治以降にでもフェノロサにはガッツリと儲けられましたが彼がいなければ日本の文化財は殆ど逸失していたでしょう。

彼らの収集品が日本に存在しないこと自体は残念ですが管理能力の無かった我が国にあって廃仏毀釈等で失っていくよりは余程マシでした。(→ボストン美術館展)

 

 また原爆を2発落とされて、空襲等で被災が少なかった地に住み続ける私どもとしては、その被災の地の人々の苦難は想像を絶し、また申し訳なく思います。

しかし戦意を喪失させて、沖縄の方々にも申し訳ありませんが本土にて竹やりを手に戦争を続けなくて済んだこと、当時としては国民一番の敗戦の心配事でもあった、戦勝国が主張していた天皇の絞首刑を止めさせたこと、現在の中国、ロシアからの日本分割接収を抑えたこと、どうでもいいことですが「敗戦」と言う言葉で無く「終戦」のゴマ化し言葉を容認したこと・・・挙げればキリが無いですね。

 

 そもそもあの戦争を「おっ始めた」のは「防衛」を大義名分に一部軍部の暴走主導とはいえ他国を侵略して米国を巻き込んで戦線を拡大していった日本国だったのにもかかわらず、占領国アメリカのみが寛大だったのです。

 

「暴力に対して暴力で立ち向かう」米国の建国気質風やり方については物議をかもすことになりましょうが、基地問題は日本人すべてが享受できる「平和」としてとらえれば沖縄だけにやっかいな事を押し付けるのではなく各地に分散させるなど、日本人全体がもっと大きな心で真摯に考えるべき時期だと思いますね。

 

昨年講演をお願いしたダリウス博士には私のアメリカ好きについて嗤われていますが、といってもそれはただのハリウッド映画好きといった方がいいと思いますが・・・、まだまだ日本人はアメリカ文化大好きだと思いますけれどね。

 

この時節となれば老若男女、テレビを付ければ省エネ、節電を叫びながらキラキライルミネーションで異国の神、キリストの生誕を祝う言葉が乱れ飛んでいますね。

どうのこうのと勇ましく西欧、アメリカの言いなりとか何とか言っちゃってみんな西欧大好きじゃあ無いですか。

 

 拙寺にはツリーも注連縄も門松も用意しませんことは当然です。

しかし面白き国日本にあって12月24日25日の騒ぎはすっかり根付いていますので今更どうのと言えませんが静岡県人ならついでに12月26日(天文十一年)、徳川家康のお誕生日まで併せて引っ張っていくのはいかがでしょう。

 

 相良の商店街でも何か変わったことをやりだせば注目を浴びますね。いまのところどこもそれを言いだしているところは無いようですし。

何といっても家康が相良本通りを整備したという史実もあるのですから。

 

画像は拙寺報恩講、11月10日から養女として引きうけた

「いろは姫」。強烈な成長で現在1.45㎏。

来たときが417gでしたので3倍以上に成長しました。

彼女はまったく私には慣れません。命の恩人のはずなのに、

相当嫌われている様です。言いなりなんてとんでもない。