徳川家康四百回忌に呼び込み活動

徳川家康が亡くなったのは元和2年、1616年ですので、あと3年で400回忌。

これから「○○四百回忌(年)」「○○五百回忌(年)」といった風に色々な歴史的人物や事象の記念と称したイベントやお祭り等が開催されることになりましょう。

特に戦国期に当たる「○○五百回忌(年)」の類は「群雄割拠500年」といっても良く、北条早雲はじめこの手は枚挙に暇がありません。

 どこでもかしこでも町おこしに躍起となって「我こそは~」と名乗をあげてくることでしょう。

それらに伴って様々な催し物が企画されて私たちに紹介されるということもこの上ない楽しみになります。

 

左の画像は、当地の新聞紙上の切り抜き。

静岡県には

「徳川家康公顕彰四百年記念事業推進委員会」なる少々長ったらしい名称の組織が県内経済界等の肝いりで活動している様です。

記事ではこのほどその代表その他が渋谷NHK放送センターを訪れて2015年という年を指定し「大河に家康を」要望したというニュースでした。

メンバーは県の経済界のお歴々と知事、静岡市長、浜松市長そして家康の生まれた地、岡崎の市長さんらです。

 

「大河」採用は関係諸地の町おこしのカンフル注射の様な即効性あるもので、どちらかの地区においても歴史上有名人を引きずり出してそのメジャー化運動を掲げるというのが最近の「大河採用待望論」につながっています。

 

 小田原市を筆頭に8市2町関係市町では「北条五代」の大河ドラマ化をアピールしていますし、「両丹日日新聞」2011年11月20日のニュースでは明智光秀の「逆臣の汚名」をすすぐべく大河採用の署名運動が起こっていることを報じています。

他にもまだまだNHK大河ドラマへのアピールがあるようです。

 

 徳川家康の大河はこれまでも放映がありましたし、主役ならずとも露出頻度の高い人物で、立候補している東京オリンピックの様に採用されれば「またか」のイメージは拭えません。

しかし、東京オリンピックの背後にはドロドロした政治的な思惑と嫌らしさ、旗を大振りしているあの人の胡散臭さが鼻を突きますが家康大河の場合はほとんど原作によってまったく違うモノになりましょう。

戦国時代を天下統一、開幕という形で名実ともに終わらせて徳川世界、国家体制を大成させる偉業を成し遂げるまでの、「人間家康」の再来を是非に期待したいところです。

明智光秀も北条五代も長宗我部元親・盛親等々、誰がクローズアップされてもあの時代は殊に楽しみなものになります。

 

 オリンピックはまだ開催したことのない国を応援したいものですがいかがでしょうか。

興行として「儲けること」、「経済の起爆剤に」というアンフェアな下心をスポーツというフェアなイメージの仮面に隠してオリンピックを呼ぼうというのですから、幻滅です。

 

※ここでのアンフェアは「オリンピック=経済振興起爆剤」というイメージの御仁が多い中、それこそ発展途上の国々にその開催を譲ってなお開催のために支援する清々しい態度をフェアな精神として捉え、それに反する「高慢ちきな開催の名誉」「もう一回バブルの再来」「今一度ひと儲け」といった「2匹目のドジョウ」狙い、自分たちだけ良ければイイという考えのことです。

 

 1回やって大当たりしたのだから「遠慮しろ」の声もあるでしょう。

口では「イイネ」と言ってくれますが、それが世界のホンネ。

日頃口癖の様に「グローバル」を連呼しているでしょうに・・・、楽しみも分かち合わなくちゃ。

 ちなみにドジョウは経済界の太鼓持ちで国民の方を見ていませんのでこっちの「もっ、1回」は勘弁願いたいのですが・・・。