照姫さま 豊島泰経二女

照姫さまはわが遠州の三ノ姫さまの時代より六十年ほどあとのお話です。

以前、本通り野村家ご縁の法要が東京の石神井でありましたので、早朝時間調整のためこちら石神井公園にしばしの間、お邪魔させていただきました。

 

」にて記しましたように夢告によってあの地、加瀬山「夢見ケ崎」に城を作るのをやめた太田道灌は今度は縁起のイイ夢を見て江戸城を作ります。

その後長尾景春の乱が勃発。長尾景春の妹を妻にしたといわれる豊島泰経他、同調軍は関東各地でそれに呼応しました。そこに上杉家のブレーン太田道灌は乱の掃討戦の中、自らの江戸城近隣で旧来の名家、豊島氏の石神井城を脅威に感じていたこともあり一気に攻めたてて石神井城を攻略してしまいます。その時の悲話が照姫さまのお話になります。照姫さまは石神井城主、豊島泰経の二女で落城の際、城内三宝寺池に入水したといいます。

 

毎年「照姫まつり」なるイベントが催行され時代行列が練り歩くようです。

イベントのサイトに姫さまの容姿は「美しく、頭もよく、音楽や芸術の才能もあり心優しく、皆から愛された」とあります。