神君御文
一國(國松)事ハ、一体殊之外発明なる生付、重畳之事
其御方、御秘蔵之由、左様可有之事ニ候、夫故、在寄申入利候間、
能々御心得、生立候様 可被成候、一幼少之者、利発ニ候とて、
立木のまゝに育候得ハ 成人之節、気隋我儘ものに成、多くハ親の
申言さへ聞かぬ様に成候へは、 召仕候者も申事ハ、猶以之事ニ
候、左候得は、後に國郡を治め候事は扨置(さておき)、身も立申
さぬ様になり申候、一体幼少の節は、何事も直成(すなおなる)
ものに候まゝ、いか様にきうくつに育候ても、最初より仕附次
第ニ、外より存する程ハ大義共なく候、
是を植木にたとへ候へは、初(はじめ)二葉かい割候節、人之産
立候(人の生まれたちと)同じ事故(ことゆえ)、随分養育いたし
一二年も立、枝葉多く成候節、添木いたし直(まっすぐ)ニ成候様
結立、そのうちに悪敷えたハかきとり(悪しき枝はかきとり)
年々右之通、手入いたし候得は、成木の後、直成る能木に(まっ
すぐなよき木に)なり候
人も其通り、四五歳よりハ添木の人も附置候、悪敷えた(良くな
い枝葉)の我儘に育てぬ様にいたし候は、後直にニハ能キ人と成
申候、幼少之時ハ、育さへいたし候へは能と(ただ元気に育って
くれさえすればヨシと)心得、我儘に致置、年比に成、急ニ異見い
たし候ても、我儘の悪敷枝斗り茂り、本心本木ハうせて、植なを
り不申候(木の本来の心を失っているのでなおらない)
是にハ、今以て存出し候事(存置候事)有之候
三郎(信康)出生の節は、年若にて子供珍敷、其上ひがいす(虚弱
体質)故、育(そだち)さへすれば能と心得、気の詰り候事ハ致さ
せず、気儘にそたち、成人之上急ニいろいろ申聞候へとも、兎角
幼少之時、行儀作法ゆるやかに捨て置、親を敬する事を不存
心易斗、後は親子の争ひの様に成候て、毎度申候も聞入れす
却(かえって)親をうらミ候様に成り行申候、
夫(それ)にこまり申候儘、外之子ともハ幼少より、我等か前ニ
行儀作法、能々(よくよく)仕付之者申付置
若(もし)少ニも不行儀我儘之事ハ、我らへ隠し置不申
逸々(いちいち)申聞候様ニ申付置候
前へ出候節、毎度委敷(くわしく)或ハしかり、又ハ「是ハ
ケ様ニは(かようには)致さぬものそ」とて逸々申聞候故
影日向なく直にそたて申し候
第一、親をもこわく存候へは、慎(つつしみ)能、幼少より親へ
孝行にいたし候事、覚申候、其上、小身者と違ひ、召仕之者の申
す事を能承候様ニ申事、専一ニ申聞候事候
親のあるうちハ、(「慎み」の件)致し候も、親の居ぬ時節に成、
我儘になり、國郡を失ひ候者、古より多く有の候
とかく常々側(そば)にて召仕候傳之者第一、孝行天命と、下へ
慈悲をかけ、武家の事、幼少より申聞候得は、自然と身持能く成
る物にて君臣と申事、定りし事ニ候得共、君たるものは、臣君と
心得申事専一之由、我幼少の節、安部大蔵毎度申聞せ候、尤(も
っとも)臣として君へ仕候事故、何様(いかように)無理成をも無
是非(無理も是非なく)承り、無道の君へ仕へ候得共、夫(それ)に
てハまさかの時の用にたゝぬものに候
兎角、上よりハ何事ニよらす慈悲をかけ、贔屓偏頗(ひいきへんば
-偏って不公平)なく賞罰を正しく、臣を君の元とこころえ候
へは能候
臣ありての大名なれば、召仕者なくてハ大名のせんハなく候
とかく幼少の者には、召仕候者の申事を能ク聞け、聞けと
常々御申聞せ被成候事専一候事ニ候、
ひとを鏡として身を正し候外はなく候
一我儘にて終に我望叶事(我の願望がかなうこと)、決なき事ニ候
第一、我儘にてハ、親を恐れす、親に見かけられ、
第ニ、親にうとまれ、
第三、朋友にうとまれ、
第四、召仕候者にうとまれ、
第五、我身願 委敷望不叶(ことごとく望はかなわない)、
右五ケ条之通、成行候へハ、身をうらミ、天道をうらミ
後には煩して乱るヽより外ハ無之候
たヽ幼少より物事自由にならぬ事、能能(よくよく)、
心得申度事ニ候