地震記 2
嘉永七年歳在甲寅仲冬之始四日当日
禺大鳴忽震地也寺輩各々走成轉成僵漸出庭中
其動半欲軽復大動而鐘楼庫裏乃門且
蔵子院等尽倒而唯本堂有立
雖然瓦殆崩去
良頃大動休而予子院之老者
窺本堂之中本尊又祖像及尊牌不轉
而正立是威徳之明著也
余之器物者尽赤摧焉稽首敬礼而涙沾中禖直上干檀抱諸尊像而収干筐奉護
陪扈之聞干海音又驚逃西南有寺曰宝泉有山中
接篁逃其篁中陪扈尊貴之者走徒皆護予與妻及干下晡在境
其日河崎明照寺有斎事為供干蒸飯置
炉乎蒸炉無火熾也御庫裏倒悉発干火○慮○○中立尽幾回而看更無火故
共入其篁中戴星過夜三日後帰干梵林続結茅屋凌雨露也数日之后除瓦穿壁看
其炉辺蒸籠之台落炉之前塞干火故火滅是奇也
尊貴之像無傷寺輩又無害及無発干火是○佛○~○如実○○可
○可慎幾歳霜示不忘槩記也
地震記 2 よみくだし
嘉永七年の歳の甲寅仲冬之始め四日当日
思いもかけず大鳴したちまち地面が震えた
寺の者どもそれぞれ走るなり 転倒しながらようやく庭に出られた
その動きは半ば軽減したかと思ったがまた大動した 鐘楼、庫裏の門や
蔵や子院等ことごとく倒れたが唯一本堂のみが立っていた
然るといえども瓦はほとんど崩れ去った
大きな動きが止まって良かったと思った頃 私は子院の年配者と
本堂の中をうかがった 本尊や祖像、尊牌は転倒していなかった
これ 正に立っていたのは威徳の明らかは著しいこと
他の器物はことごとくくだかれていた 体を折り曲げ手をあわせ深く敬い
また涙がうるおう
ただちに内陣の中の檀に上り諸尊像を抱え箱に収め護り奉る
仕えの者が海の音を聞く
又驚き西南の山中に宝泉寺という寺が有るので逃げる
竹やぶをかきわけて逃げる
その竹やぶの中を仕える者も尊貴の者も走る
走りながら皆 私と妻そして近隣の幼児を護る
その日は榛原明照寺に斎事があった 蒸飯を供えるため 炉に置いていた
蒸炉に火おこしは無かった 御庫裏はことごとく倒れた
火を発するのを心配し 立ちつくして幾回も確認して
やはり火が無いことがわかったので
共にその竹やぶの中に入る 星を戴き夜を過ごし三日後寺に帰る
茅で結んだ小屋で雨露をしのいで数日後 瓦を除いて壁をくだいて
その炉のあたりを見ると蒸籠の台が炉の前に落ちて火をふさいでいた
この為 火が滅していた 是は奇なことなり
尊貴之像は無傷であり 寺の者もまた害されることは無かった
そして火事の発生も無かった 是は佛○○~○○如実○○
謝すべし 慎べし 幾歳霜忘れないため示して概ね記す