拙寺時太鼓 時か刻か 矢倉か櫓か そして何処に

朝から風びゅーびゅー。

掲示板ポスター貼りの仕事は厄介でした。

 

 

扨、先日は「陣太鼓」なる酒の銘柄の復活について記しましたがその進展がありました。

要は商標権の問題でそれは使用不可ということがわかり降り出し。

時間軸からしてその相良の陣太鼓酒造が早いのだろうと思いますが現在既に他者が登録してしていたということです。

ということで他の名称で登録せざるを得なくなり、もう既に仮登録の承認まで受けているとのこと。

正式な名称をこちらで発することは拙速、もうしばらく。

清酒「〇〇〇〇」四文字です。

史跡調査会若手の方からは「そちらの方が断然イイ」との声が出ていました。

 

その「陣太鼓」といえば般若寺に存在するそれとその伝説が相良では有名ですが聞くところによれば酒造創業者の山本敬三氏が般若寺に寄贈したものといいます。

太鼓は刃物で裂かれたため、製作者と年代(明和)が記されているそうですが、その所縁についてはハッキリとはわからないよう。

 

先日の世話人会の後、拙寺本堂にぶら下がっている「時太鼓」について指摘される場面がありました。

世話人会での議題の中、ご門徒さん方に田沼時代含めて歴史的文書、図画遺物等が伝わっていたら「申し出いただきたい」旨お知らせしていたわけですが、改めてこの太鼓も田沼時代の遺物であることを「ハッと」思い起こしたのでした。

 

これまでは太鼓といえば般若寺というイメージがあり拙寺が出しゃばるのは少々憚られるという意もあって沈黙していましたが、ここは来年の拙寺来訪者にも是非目玉として紹介したいという気持ちが膨らんできたのでした。

 

そこで昨日は思い立って史料館の長谷川氏のもとに。

私の疑問と意見を伺いに。

そもそもその時太鼓の正式名称と「相良城の・・・」といってもどちらにあったのか・・・です。

 

そして名称について「時太鼓」とは堂内で紹介していますが世間では「刻太鼓」の名称も聞くところ。また、その太鼓がかつてあった場所ですが「太鼓櫓」か「太鼓矢倉」、どう記せばいいのか・・・。

正式な名称を固定するに「相良城 太鼓矢倉刻太鼓」はいかが・・・でしたが・・・

尚「櫓太鼓」という名は大概「相撲興行」のイメージ。

 

相良城の建物については長谷川氏に示していただいた相良町史の数ページ。②の「相良城取り潰しの様子」の一月二十日「大手御番所・二ノ丸御門・太鼓櫓打ち潰す」とありました。

④には「御太鼓矢倉」・・・

 

①③図を見ると「櫓」の文字。「どっちでもイイ」という感じですが私は「矢倉」で「刻」でしょうか・・・。ただし「時鐘御用」の梵鐘の「時」と統一しないとイケませんね。

 

尚、「御太鼓矢倉」の場所について・・・長谷川氏の推定位置は③中央の二ノ丸御門入ってスグ、堀側の白い□です。

上記一月二十日の順番から推定と。

 

拙寺の太鼓は出所と文献と実物があるわけでなかなか強いアピールができると確信した次第です。

尚、太鼓の中を覗いたとしても般若寺の陣太鼓と同様、「作者と年代が記してあるだけだろう・・・」とのこと。張替など無駄。

穴でも開いていたらスコープを突っ込んでしまうところですが・・・