大谷派の土呂本宗寺 移転したお寺とは別

ホントに願いが叶ったか奇跡的にも昨日盂蘭盆会は一滴の雨粒もありませんでした。

今年の「運」を使い切った感もあって少しばかり不安にもなりますが、終始この日は「ありがたい、ありがたい、おかげさま、おかげさま・・・」の連発。

 

当初はメインとなる午前の法会だけでも・・・でしたが終わってみれば午後7時開式の法事が終わるまでその心配には至りませんでした。ち~っとばかり意味は違いますが「先憂後楽」。

欲を言えば「これからも、是非にたすけてくださいよ~」でした。

 

扨、今年の春の法要の頃、三河一向一揆の戦場となった土呂本宗寺について記しました。

ただしこちらは「土呂殿」とは名乗っても実際にあるのは美合町だったわけで、それは経緯あっての移転再生でした。

しかし元あった岡崎市福岡町→土呂城(またはこちら こちら)にも土呂殿本宗寺はあります(場所はこちら)。

お寺が移転されても一部地元に残ったご門徒もいるわけでかつ移転された本宗寺の方は本願寺派ということもあり土呂には大谷派の真宗寺院として復興が遂げられたということですね。

 

④はこのお寺の門前に建つ石標。土呂三八市という市が賑わっていたということ。

かつて三河一向一揆以前の頃は土呂周辺一帯が寺を中心とした盛大な繁栄の地であったといいます。

 

夕刻の法事には、「あの人もこの人も亡くなって・・・」の驚きの声を発していた方がいらっしゃいました。

「長生きを願ってもそればっかりはムリだよね・・・」。

晴れた、降ったで一喜一憂している間に命をすり減らしている私の盂蘭盆会。まぁ無事に終わってめでたし。

最後の画像は土呂本宗寺の堂内より。