長谷寺六字名号に詰まった反省と引き継ぎの意識

このご時節、人混みに身を投じるリスクを感じます。

22日は何度か拙ブログでも記していますが駿府城の現場説明会が予定されています。

また14時からは小和田哲男先生の講演も静岡で予定されていることを秋野氏から連絡をいただきました。

「えいやぁ」の気持ちでマスクとアルコールスプレー持参で行こうと思いましたが、静岡は「風雨強い」の予報。

やはり家に籠っていた方が正解なのでしょうね。

 

今度の3連休などまったく関係のない私ですが(いつも連休のようなもの)、各地商店、ホテルに「中止」の声連発のイベント催行に関わる皆さんはお客が来ないという大惨事に襲われることになるのでしょうね。

大変です。

しかしこの期の三連休は案外大事かも知れません。

学校と職場の往来が少なくなるということですからね。焼石に水かも知れませんが・・・

 

最近はテレワークの推奨とか声高に言っている人がいますが、だいたいそんなスタイルの仕事ができる職種は限定モノですね。

アホらしくて笑うだけです。

テレワークでの法事や葬儀・・・少し想像してみましたが・・・

 

新型コロナウィルスの件、しばらくすれば収束していくことはわかりますが結果的に国民にこれほどの苦難を強いてしまった政治の初動の見誤りについては非難されて然るべきですね。

 

これからもインフルエンザはじめ変異した各ウィルスとお付き合いしてかなければならないのですが、それは人類の歴史でもあるのですね。その歴史を学習しなかった、あるいは危機意識というものを持たず、安寧安楽のうち「大丈夫」を決め込んで「最悪の結末」というものを意識してこなかったからに決まっていますが、その危機意識に不可欠なものは、自身の事として省みることとそれをずっと意識のうちに留めることです。

 

反省してそれをずっと思い続けることですね。

「ごめんなさい」が言えないのも最悪ですが、一瞬のうちに忘れるといのも罪。

 

私が墓場歩きをしてちょっとした感動を覚えた墓標があります。「南無阿弥陀仏」の六字を自然石に彫り込んだ石標です。

奈良の長谷寺の一般墓域にありました。

 

以下、当該墓碑の件、記した書面がありますので抜粋しました。

 

鈴木一久氏「近世における山城地域の水害」

 

文化八(1811)年六月十五日

南山城大雨で出水、流家流死人出る(庁事類編)。

加茂町では十五日の洪水で観音寺の宇藤兵衛屋敷で山崩れが10間四方にわたって発生、同じく宇庄兵衛岩では長さ30間横7間の山崩れが発生(観音寺区有文書)。

精華町ではこの年五月、支流煤谷川が出水し、用水堰19間と樋2ケ所が破損(菱田区有文書; 精華町史)。

久我山町ではこの年出水にて堤が切り崩れ、石垣が流れ込む(中西家文書)。

 

拙ブログで石仏たちを記している南山城の加茂町あたりの被災をうかがわせます。

南山城の人々がこちら長谷寺まで出向いて墓標を建てていたということもそうですが、五十回忌(安政七1860年)という現代人では殆ど「忘れ去っている」だろう過去の件、しっかりと念頭に入れて日々の生活に取り入れていたのではと推測できます。

 

「悲劇は絶対に忘れない、そして後世に伝えていくぞ」という気概が見えてきます。

六字名号の向かって左側、「安政七」の上にある「山」と「日」は・・・「時」の崩し字。

墓碑と関連地名の場所はこちら

③は近くの墓地につきもの六地蔵。

ただし比較的新しいもののよう。

 

上記「近世における山城地域の水害」(検索してください)をざっと眺めるだけでも狭いエリアにも関わらず水害というものが頻繁に発生していたことがわかります。

 

※2020年03月01日

 「初瀬流れ」という災害名判明 追記しました。

 

 

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    がつお (土曜日, 22 2月 2020 10:31)

    年忌ということで一つ。
    私のご先祖様が伏見城の戦いで討死していることは以前書きましたが、その子孫が嘉永2年に百五十回遠忌の墓参をしていたそうです。
    もともと伏見討死の由緒を持って仲間と一緒に徳川(江戸幕府)に仕えたので忘れると言うことはないとは思いますが百五十回遠忌をやろうというのはすごいと思いましたね。(現代では七回忌をどうしようかと言っている状況なので)
    仲間の系譜などでは五十回忌を行っていたという記録もあって、災害とは少し違いますが、ご先祖様を悼む気持ちというのを大切にしていたと感じられます。
    個人的には生きていれば、当時の仲間10人の子孫で四百五十回遠忌をしてみたいですね。

  • #2

    今井一光 (土曜日, 22 2月 2020 13:56)

    ありがとうございます。
    大きい数字の回忌法要ができるという奇特はすばらしいこと。
    まして450回忌などなかなかやりたくてもできないですからね。
    ひとえに「ご先祖のはたらき」がしっかりと伝わっていることですから。
    2050年まであと30年。
    是非に希有なる仏縁を皆さんと一緒に開いて享受ください。

  • #3

    がつお (土曜日, 22 2月 2020 23:36)

    一点だけ訂正です
    どうでもいいことかもしれませんが、百五十回遠忌ではなくて二百五十回遠忌でした。
    ご先祖様ごめんなさい。

  • #4

    今井一光 (日曜日, 23 2月 2020 08:59)

    ありがとうございます。
    そのようにしながら子孫に500を託したいですね。